量子力学の教科書 定番、お勧め、お気に入り

日本の高校物理では力学、電磁気学、熱力学、原子核など一通りやるわけですが、大学に入ると教養課程で量子力学が必修になります。何しろ目に見えないミクロの世界の話なので、直感的な理解がしづらくて、多くの学生が面食らうのではないかと思います。量子力学の教科書に関しても、教科書は一冊一冊が著者の意図を反映していて、非常に個性があります。無駄なく説明している教科書もあれば、懇切丁寧に言葉をふんだんに使って噛んで含めるような教え方のスタイルをとるものもあります。初めてそのトピックに触れるのかそれとも一度は聞いた話なのか、物理学がどれくらい得意かどうかで最適の教科書が人により異なるのは当然でしょう。

物理学者による量子力学の教科書案内

量子力学発足直後の教科書には,いずれも,革命に立ち会ったという感激と興奮に温れて,量子力学小史ともいうべき導入部があった.それも次第に薄れてきて,量子力学の論理構造と実際的応用面に重点を置いた教科書が現れた.前者の例としては『ディラック』1)や「パウリ』2}があり,後者の例として第2次大戦直後に書かれた「シッフ』3}がある.… 私の例を言えば,まず「湯川』(日本語)‘)と『ディラック』1)と『ハイトラー』5}を読んだところで,『シッフ』3)の出版を知って勉強した.その少し前に「パウリ』2}を読み『ノイマン』6》を勉強した.初めて『シッフ』3}に接したとき,量子力学の教科書も遂に受験参考書並になったかという感慨をもった.そこには量子力学誕生の感激も興奮も見られず,計算法の教科書ともいうべきものだったからだ.その後私は『朝永』(日本語)7}を読み,しばらく後で『メシア』S)を知った.… 30年ほど前『マンドル」19)を読んだ.200頁もない短い本であり,私はその薄さにショックを受けた.そこには最低限の現象説明と論理構成があった.「これでいいんだ」とも「これでは困る」とも思った.たしかにそれだけでは困るが,自分の頭で量子力学を再構成してみることは必要であり,その際の参考になる本だ.… さらには『小出』がある.学生には分かりやすさで受けたが,批判をする人も多い.数年前に出た「河原林』(日本語)11)は,水素原子問題などの初等的な部分や散乱現象の取り扱いを止めて,素粒子論を目指す教科書のようだった.

参考文献1)Dirac,P.A.M.(朝永振一郎ほか訳『量子力学(原著第4版)J,岩波書店,1968).2)Pauli,w.,Springer,1933、3)Schiff,L.1.1949(井上健訳『量f力学』吉岡書店,1972).4)湯川秀樹『量f力学序説』 5)Heitler,W.(沢田克郎訳『輻射の量子論(上,下)」吉岡書店,1958).6)von Neumann,J,井上健他訳『量子力学の数学的基礎工みすず書房,1957).7)朝永振一郎「量子力学(1,II)」みすず書房,1951, 8)Messia,A. 1965(小出昭.一郎・田村二郎訳『メシア量子力学(1,2,3).1東京図書,1971).9)Mandl,F. (森井俊行・蛯名邦禎訳[’マソドル量子力学』丸善,1998).10) 小出昭一郎『量子力学(1,2)』裳華房,1969.11)河原林研『量子力学』(岩波講座「現代の物理学」3)岩波書店,1993.

(引用元:量子力学の教科書(並木 美喜雄))

新しい学問が樹立された直後は、その興奮が教科書にも反映されるという解説にはなるほどと思いました。そういえば、伊藤清『確率論の基礎』(初版1944年)の前書きにもそんな高揚感が書かれていました。

以下は、自分が手に取ったことがあるものや興味がある教科書の紹介になります。

(以下、書名はアマゾンへのリンク、出版社名は出版社書籍紹介ページへのリンク)

Principles of Quantum Mechanics

R. Shankar (著) Principles of Quantum Mechanics Second Edition(Springer 2011年)

ネットでもPDF全文が読めます。このRamamurti Shankar(ラマムルティ・シャンカー)先生は、イェール大学の応用物理学科の先生で、YOUTUBEでも物理学の講義がいろいろ視聴できます。熱力学の授業を聴いたとき、その講義の明快さ、判りやすさに自分はびっくりしました。邦訳が早くでることが期待されます。日本での知名度は低いのかもしれませんが(アマゾンレビュー3件)、アメリカのアマゾンではレビューが100件もついていて、極めて高評価です。

19. Quantum Mechanics I: The key experiments and wave-particle duality

真面目にしゃべるのですが、ユーモアがあります。

シャンカーさんは力学や電磁気学などの初等レベルの物理学の教科書も出しています。このYOUTUBEの授業動画がそのまま書籍になったような印象で、とにかく言葉が多いくて数式は少なめです。Fundamentals of Physics: Mechanics, Relativity, and Thermodynamicsという本と、Fundamentals of Physics II: Electromagnetism, Optics, and Quantum Mechanicsの2巻。この人が授業をするとあらゆる物理学が平易に思えてくるから不思議です。分かりやすく説明するのが本当にうまい。すべての物理学の分野をこの人から学びたいと思えるほど。


Principles of Quantum Mechanics Second Edition

この量子力学の本は、最初はひたすら量子力学を記述するための数学(線形代数)の解説。

 

量子論の基礎

清水 明 『量子論の基礎―その本質のやさしい理解のために』2004/4/1 サイエンス社

東大の1,2年生の授業のための講義ノートがもとになってできた教科書。最初に線形代数を解説するという点ではシャンカーの教科書と同じアプローチに思えます。書名が「基礎」となっていますが、これは簡単という意味ではなくて上に積み上げるための土台という意味です。ヒルベルト空間という数学を使うと量子力学がうまいこと記述できるので使うのだと説明されています。量子論を構築するための「公理」を一つ一つ導入していき、これらの公理は疑問を持たずに受け入れなさいというスタイル。完全な初心者から物理屋(プロ)まで得るものがある本と、著者自らが説明しています。

熱力学の教科書も公理論的なまとめかたのものを書かれています。

学部の教科書としているだけあって、価格が2000円と買いやすいのがうれしいですね。たったの2000円で生涯使える量子力学の基礎が身につくとしたらコスパ最高です。と言いつつ、どうみても、将来、物理屋さんになる学生を想定した教科書です(文系の学生にも好評だったと著者は言いますが)。

 

線形代数と量子力学

竹内外史『線形代数と量子力学

量子力学は、線形代数の「応用」なのだそうです。ヒルベルト空間の説明をしてから、量子力学の話に入るという流儀で、シャンカーや清水先生の教科書と似たアプローチだと思います。

 

朝永振一郎 量子力学 

朝永振一郎 量子力学 I 〔第2版〕 (みすず書房 1969年)

歴史的な流れを重視して、量子力学がどのような経緯を経て作り上げられてきたのかを語るスタイルの教科書として特徴があります。その語り口は非常にやわらかく親切で、初学者に優しい。序文(初版時の)には、”本書はあまり急がないで量子論を勉強しようとする初学者のために書かれたものである。”と明言されています。ここで、あまり急がないでと断りがあるのは、量子力学の理論をコンパクトに呈示するという方法をとらず、歴史の流れに沿った説明になっているためです。量子力学という全く新しい理論を学習者が受け入れるためには、なぜそれが必要になったのか、それがどれほど良いものなのかをまず納得したいので、歴史に沿った教科書というのは自然なスタイルだと思います。しかし本書の狙いは、実はもっと大きくて、将来理論物理学者を目指すような人は新しい理論がどのように作られてきたのかを学ぶことが重要であると著者は考えているのです。つまりこの教科書は、初学者にも、将来物理を職業としたい人にも、さらには趣味で量子力学を学び直したい人にも役立つのではないかと思います。量子力学Iの初版は1951年、第2版は1969年に発行されています。朝永の量子力学の教科書の難点は、ボリュームの大きさでしょうか。量子力学I,IIの2分冊ですが、遺稿に基づいて著された、「角運動量とスピン」もあわせると3巻にも及びます。しかし、新しい方程式や解釈の方法を天下りてきに与えられて鵜呑みにさせられるよりも、それらが、実は、天才的な閃きを持った多くの物理学者たちが試行錯誤した結果であるという歴史的な経緯を理解したほうが、学ぶ側としては断然受け入れやすくなります。

 

ファインマン物理学 量子力学

ファインマン物理学〈5〉量子力学  (岩波書店 1986年)

ファインマンの講義を受けているような気分で量子力学が学べる教科書。

 

Griffiths Introduction to Quantum Mechanics

David J. Griffiths Introduction to Quantum Mechanics 2nd Edition (2016)

アメリカおよび世界中の大学で採用されているで定番の量子力学への入門書。初版のPDFがネットにありますが、イントロの部分を読むだけでも量子力学がどのような学問なのか、どのような態度で勉強すればよいのかが書いてあって、とても興味をそそられます。

 

小出昭一郎 量子力学 

小出昭一郎 量子力学 I (改訂版) (裳華房 1990年)

 

量子力学 (オックスフォード物理学シリーズ )

J.L.Martin 著、水野 幸夫 翻訳 量子力学 (オックスフォード物理学シリーズ (8))丸善(1984)

自分が学生時代に量子力学の教科書は何を買ったのかと思い起こしたら、この本でした。もう手元にありませんが。原書はJ. L. Martin. Basic Quantum Mechanics (Oxford Physics S.) 1982/1/21

 

砂川 重信 量子力学 

砂川 重信 量子力学  (岩波書店 1991年)

基本概念から散乱理論,量子電磁気学などのやや進んだテーマまでを一貫した構想のもとに解説.要所要所に演習問題(解答付き)を配して,初学者が完璧に量子力学をマスターできるようにした.学部学生向き.(出版社による紹介)
レベル:入門書を終わらせた人の2冊目に 学部高学年あるいは修士課程大学院生向け 特徴:他書よりも計算過程が丁寧に詳述されていている 問題と丁寧な解答が随所にあって独学に向く  散乱の一般論が詳しい(アマゾンレビュー)

量子力学を原子や分子に適用したものが「量子化学」と言われる分野になると思いますが、量子力学と量子化学って何が違うの?と思えるくらいに同じなんじゃないかと思います。当然のことながら、量子化学の教科書は量子力学の説明がなされていますので、別に化学科の学生でなくても量子化学の教科書で量子力学を勉強しても良いはずです。分子への応用という興味深い話題にまで触れてくれる分、むしろ勉強意欲が掻き立てられます。

量子力学入門:化学の土台

ライナス・ポーリング, E. ブライト・ウィルソン『量子力学入門:化学の土台』2016/10/23 丸善出版

化学者が書いた量子力学の本。水素の原子軌道の説明など、この本ほど詳しい教科書はそうそうほかにないのではないでしょうか。原書は、Linus Pauling, E.B. Wilson Introduction to Quantum Mechanics with Applications to Chemistry 1985/3/1 でネット上にフルテキストPDFが転がっています。

 

J.J.Sakurai 現代の量子力学

J.J.Sakurai,Jim Napolitano著 現代の量子力学(上) 第2版  (吉岡書店 2014年)

JJサクライの「現代の量子力学」は、手にしたことはないのですが、ネットの評判を読む限り、とても良さげな教科書。初版の刊行が1985年みたいですが、多くの物理学徒に熱烈に支持されている本です。”波動関数もシュレーディンガー方程式も与えられた仮定ではなく、全てが明確に提示された基礎概念から極めて自然に導かれている。”というスタイル。

シッフ子力学 (上)    吉岡書店 物理学叢書 (9) 井上 健 訳 1972年

猪木 慶治, 川合 光 共著 基礎量子力学  ( 講談社2007年)

出版社による内容紹介:問題演習を通して概念を理解する入門解説書。「量子力学I・II」の明快な解説で好評の著者コンビが書き下す新しい入門書。ていねいな解説と、豊富で精選された問題演習を通じて概念の理解が深まるよう配慮。

猪木 慶治, 川合 光 共著 量子力学I、量子力学Ⅱ 講談社 KS物理専門書 1994年

物理学科の学生、物理系の大学院に進む人はこの本で勉強する人が多いようです。大学の新入生や初学者が一冊目に選ぶには難しすぎるらしい。

 

量子物理学のための線形代数

中原 幹夫『量子物理学のための線形代数―ベクトルから量子情報へ』

アマゾンは中古が1万円以上もします。メルカリにも出ていないし、ジュンク堂書店の在庫もなさそうだし、大学の図書館で借りるしかなさそうです。