生物は、非生物(もの)とは異なるという考え方が生気論です。生物には、物理や化学では説明ができない生命エネルギーが宿っているという仮説が生気論です。古代ギリシャ時代のアリストレスは、生物の身体と魂は不可分なものと考えていました。生気論の源流はここまでさかのぼります。生気論に対する考え方が機械論でデカルト René Descartes (1596-1650)が唱えました。機械論によれば、人間などの生物であっても機械として捉えることができて、そこでは物理化学の法則が適用されます。つまり生物に特有の法則は必要ないという考えです。
It is a belief that there is a vital force operating in the living organism and that this cannot be reduced or explained simply by physical or chemical factors. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7217401/
化学者ゲオルク・エルンスト・シュタール (1659 – 1734) の「無機物から有機物を合成できるのは生物のみであり、それは体内の生気が必要だから」という説は生気論の根拠とされました。しかし、1828年にフリードリヒ・ヴェーラーがシアン酸銀と塩化アンモニウムの反応から尿素を合成し、生体の中でなく実験室でも有機化合物が合成可能であるということが示されました。
- ‘Ueber die künstliche Bildung des Harnstoffs,’ (グーグル翻訳:About the artificial formation of urea) pp. 253-256 in: Annalen der Physik und Chemie, Folge 2, Band 12 WÖHLER, Friedrich Published by Johann Ambrosius Barth, Leipzig, 1828 abebooks.co.uk
この実験結果に関して、ヴェーラーは尿素(有機物)をつくるのに人や犬の腎臓は必要ないと、発見を伝える手紙に書いているそうです
In his personal announcement to Berzelius on 22 February 1828, he wrote “I must write to you again already now, because I can barely hold my chemical water, so to speak. I can make urea [Harnstoff] without the need for a kidney or an animal at all, whether man or dog. Ammonium cyanate is urea.” https://chemistry-europe.onlinelibrary.wiley.com/doi/pdf/10.1002/ejoc.202101492
「シアン酸アンモニウムは尿素だ」と書いた意味は、シアン酸アンモニウムを合成する目的で実験したが出来たものは尿素だったということでしょう。
- 尿検査総論 尿の成分・外観 正常状態で尿に含まれる成分 尿素(urea) 尿素は蛋白質の終末代謝産物であり,肝臓で合成され,腎臓から排泄される. ヒトが蛋白質から取り入れた窒素のうち,過剰分のほとんどが尿中に尿素の形 で排泄される.通常,20〜30 mg/日の排泄がある.
ちなみに日本の高校の教科書ではシアン酸アンモニウムを加熱して尿素を得たと説明されているそうですが、それは誤りのようです。なぜならシアン酸アンモニウムは安定には存在しない物質なので、反応の中間体にしかなっていないから。
- ウェーラーは何をしたのか -尿素の合成に関して- 岡 博昭 シアン酸アンモニウムというものは実在しないので,この記述は誤りに近く,「シアン酸アルカリとアンモニウム化合物(NH4OHや(NH4)2SO4)からシアン酸アンモニウムをつくろうとしたが得られず,尿素が得られた」
- ヴェーラー合成(Wöhler synthesis)(ウィキペディア)ヴェーラーの反応はシアン酸アンモニウムの変換に関係するが、この塩は不安定中間体として生ずるだけである。
- シアン酸アンモニウム(ウィキペディア)
- Origins of Organic Chemistry and Organic Synthesis Curt Wentrup European Journal of Organic Chemistry
- http://www.chem.ucla.edu/~harding/IGOC/V/vitalism.html
In 1828, Wöhler succeeded in effecting an artificial synthesis of urea by heating ammonium cyanate. https://www.sophiararebooks.com/pages/books/4840/friedrich-wohler/ueber-die-kunstliche-bildung-des-harnstoffs-pp-253-256-in-annalen-der-physik-und-chemie-folge-2-band
誰かが誤った記述をしてそれをみんなが引用したためにそうおいうことになったのでしょう。
またヴェーラーの実験により生気論が一気に打破されたとするのもまた事実とは異なるようです。有力な根拠の一つにはなっても、生気論が完全に否定されるのにはもっと長い時間がかかったようなのです。
In 1828, Friedrich Wöhler, a German physician and chemist by training, published a paper that describes the formation of urea, known since 1773 to be a major component of mammalian urine, by combining cyanic acid and ammonium in vitro. In these experiments the synthesis of an organic compound from two inorganic molecules was achieved for the first time. These results weakened significantly the vitalistic hypothesis on the functioning of living cells, https://www.researchgate.net/publication/13084193_Vitalism_and_synthesis_of_urea_From_Friedrich_Wohler_to_Hans_A_Krebs
生気論に関する参考記事
- 生気論(ウィキペディア)
- https://en.wikipedia.org/wiki/Vitalism
- https://en.citizendium.org/wiki/vitalism
- 生気論とはなんであったか 科学基礎論研究13(4)