負の電荷をもつ水素イオン、ヒドリド(hydride)とは?NAD+/H+のH+の正体は何?

生化学の本を読んでいると、ときどき電子が輸送されうという文脈でH-というイオンhydrideが出てきて、???となっていました。水素がイオン化するとH+とばかり思っていたので、H-と言われてもぴんとこなかったのです。しかし考えてみると1s軌道に1ペアの電子が入ると安定するのですから、電子を1個もらうという選択肢もありかという気がします。

負の電荷をもつ水素イオン(ヒドリド)

周期表の中では、水素Hが特徴的な電気陰性度を持っており、その値は2.201族元素の中では異様に大きいです。高校レベルの化学では、水素のイオンは水素イオンHの陽イオンしかでてきませんが、大学レベルの化学では、水素化物イオンHのように水素の陰イオンがでてきます。このように水素は中間的な電気陰性度を持つので、陽イオンにも陰イオンにもなることができるのです。(イオン化エネルギーと電子親和力 生活と化学)

相手が電子を出しやすいときはH-(ヒドリド)相手が電子をもらいやすいときはH+(プロトン)中間的なときは中性に近い結合を作る(無機化学2第4回:水素とその化合物

電子の輸送(伝達)

炭素と酸素と水素から成る化合物→二酸化炭素を放出、電子運搬物質に余分な電子を持った水素原子(ヒドリドイオン)を与える(生体内のエネルギー産生の概要 第1回 生体内のエネルギー産生 日紫喜 光良 基礎生化学 2014.4.15 PDF 教科書 • Lippincott’s Illustrated Reviews Biochemistry)

生化学の教科書を読んでエネルギー代謝の勉強をしていると、教科書によって説明の仕方が微妙に異なるために混乱させられます。炭水化物などが「酸化」(電子を奪うこと)されてエネルギーが取り出されるわけですが、この一言の中にも説明されていないいくつもの重要な事柄があります。

電子を奪うってどういうこと?誰が奪われたの?最終的には二酸化炭素CO2と水H2Oになるので、炭水化物の中の炭素原子や水素原子は、結合する相手が酸素になるわけです。電子を奪われるの意味は、共有結合によって電子対を相手の原子と共有していたけど、相手が電気陰性度が大きい酸素原子になったがために、共有する電子が酸素がわにかなり引っ張られてしまうといういみにおいての、「奪われて」です。

なぜエネルギーが取り出されるの?電子の状態はつまりはどのエネルギーの高さのところにいるのかということなのですが、炭水化物の結合のエネルギー(共有電子対の存在するエネルギーの高さ)よりも、二酸化炭素や水になったときの分子内の結合の電子のエネルギーの高さのほうが低いので、そのエネルギー差が取り出されて「仕事」に使われる(プロトンを勾配に逆らって汲み上げる仕事)ということです。

電子はどうやって運ばれるの?NADHやFADH2は「電子運搬体」と呼ばれているくらいですので、電子は裸のまま細胞の中を動くわけではなくて、NAD+ やFADがNADHやFADH2になった状態で移動すると理解するのがいいようです。電子伝達系(酸化的リン酸化)においては電子はどうやって膜蛋白質の中を移動していくのでしょうか?

さらなる疑問が、電子はどうやって奪われて、運ばれて、渡されるのかという問題です。

NAD+が還元されたときに必ずH+もできるのか

NADH formation:
NAD+ is reduced to NADH by dehydrogenases that remove two hydrogen atoms from their substrate. Both electrons but only one H+ (i.e., a hydride ion [:H-]) are transferred to the NAD+, forming NADH plus a free H+.  (Lippincott Illustrated Reviews Biochemistry 8th editoin page 82)

リッピンコットの教科書の説明によれば、酵素デヒドロゲナーゼが基質から2つの水素原子を奪い、その2つの水素原子由来の2つの電子の両方ともをNAD+に渡す、ただし、一つのH+は使わない、すなわちヒドライドイオンH-をNAD+に渡して、残ったH+はそのままにするということです。文章でこう書かれた内容が、多くの生化学の反応式に出てくる、

NAD+ + 2H+ + 2e- → NADH + H+

というやつです。自分は、この化学反応式を教科書でみかけるたびに、なぜ両辺にH+があるんだろうと不思議でした。数式であれば、左右に同じものがあれば除いて書かないのが普通です。だから、

NAD+ + H+ + 2e- → NADH と書けばいいのにと思ってしまっていたわけです。しかし上のように文章で説明されれば、ああ書いていたことが納得できます。つまり2H+ + 2e- というのは、 2H(基質となる分子に結合していた2つの水素原子)なのです。なので一つに数を減らすわけにはいかなかったのですね。

しかし、本当にデヒドロゲナーゼが触媒する反応では、常に水素原子が2つ引き抜かれるのでしょうか?

解糖系でNAD+からNADHが作られるステップはなんだったかというと、グリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼの触媒作用によって、グリセルアルデヒド3リン酸が1,3ビスホスホグリセリンになるところでした。

HC(=O)-CH(-OH)-CH2-O-PO3H2 +NAD+ + 無機リン酸H3PO4

→ NADH + H+ + O=C(-O-PO3H2)-CH(-OH)-CH2O-PO3H2

となって、2つのHのうち一つは無機リン酸のHかと思いますが、確かにHの数は合います。

クエン酸回路でイソクエン酸がα‐ケトグルタル酸になる反応も見てみましょう。

CH2(-COO-)-CH-(COO-)-CH(-OH)(-COO-)   水素原子5個

→ C(=O)-(-COO-)CH2-CH2-COO-    水素原子4個

あれ?おかしいですね、水素が2個減ってはいませんがどうなっているのでしょうか。この反応を紹介している教科書やウェブ記事を見てみると、酸性されるものとしてNAD+ H+と書いてあるものもあれば、NADとしか書いていないものもあります。数が合わないのになぜNAD+ + H+と書いてあるものもあるのでしょうか?詳しい説明をしているサイトを見てようやくわかりました。この反応は実は2ステップあったんですね。イソクエン酸がまずオキサロコハク酸-OOC-CH2-CH(-COO-)-C(=O)COO- (水素原子3つ!)になって、それからH+を一つ使ってα‐ケトグルタル酸へと変換されていました。水素原子は2個へって1個増えたので、正味1個しか減っていなかったというわけです。

  1. 13.2.3 Conversion of Isocitrate Into α-Ketoglutarate (sciencedirect.com)

クエン酸回路の次のステップ、α‐ケトグルタル酸(H4個)からスクシニルCoA(H4個)へ変換されてNADHが産生されるところはどうでしょうか?NAD+ が CoA-S-H の水素原子を受け取ってNADHとなります。つまりこの反応は、CoAが酸化されたわけですね。

  1. Intermediate Step & Krebs’ Cycle step 4 …Redox & Decarboxylation the molecule that is oxidized is coenzyme A instead of the main reactant.

クエン酸回路を説明したウェブサイトや教科書をみてみると、このステップでも産生されるものとしてNADH + H+ と書いているものがあります。

  1. https://www.medistudents.com/mcat/citric-acid-cycle-mcat
  2. https://bio.libretexts.org/Bookshelves/Biochemistry/Fundamentals_of_Biochemistry_(Jakubowski_and_Flatt)/02%3A_Unit_II-_Bioenergetics_and_Metabolism/16%3A_The_Citric_Acid_Cycle/16.02%3A__Reactions_of_the_Citric_Acid_Cycle
  3. https://www.khanacademy.org/science/biology/cellular-respiration-and-fermentation/pyruvate-oxidation-and-the-citric-acid-cycle/a/the-citric-acid-cycle カーンアカデミー
  4. Lippincot Illustrated Reviews Figure 9.5 in 123 page

しかし水素原子の数の勘定が合わないように思います。電荷に関していえば、カルボキシ基(イオン化して負の電荷をもっている)が脱炭酸反応で二酸化炭素になるので、この電子をもらったと考えれば、電荷の帳尻は合っています。

細かいことですが、教科書によってばらつきがあるのがちょっときになります。

NAD+ + 2e- + H+ → NADH という書き方をしている解説もあるようです。

  1. https://photosyn.jp/pwiki/index.php?NAD%28H%29

脂肪酸のβ酸化ではどうだったかというと、

R-CH2-CH(-OH)-CH2-C(=O)-S-CoA + NAD+

→ NADH + H+ + R-CH2-C(=O)-CH2-C(=O)-S-CoA

なので、水素原子2つを引き抜いています。

自分の考えが正しいか間違いがどこかにあるのかわかりませんが、Hを一つだけ引き抜く反応もあるのかなというのが結論です。ちゃんと説明してくれている教科書がないか探しておきます。

自分の現在の暫定的な理解だと、NAD+をNADHに還元するにはH-(ヒドリドイオン)が必要で、ヒドリドイオンは負電荷をもっているので(つまり電子を他からもらう必要があるので)、通常は水素アニオンをつくるためには、水素原子2つを基質から引き抜いて水素アニオン(ヒドリドイオン)と水素カチオン(プロトン)を得る。水素アニオンはNAD+に渡される一方、水素カチオンは行き場所がなくてそこにとどまる。基質がもともと負にチャージしていて電子をそこからもらえるのであれば(例:カルボキシ基が二酸化炭素として離脱)、水素原子を2つ引き抜く必要がない。

なぜこの理解に自信がないのかといえば、教科書によってはH+を併記しているものがいくつもあるからです。

 

高校でのNADの表記

https://okwave.jp/qa/q157012.html