マレー・ゲル=マンの業績 100以上の素粒子(ハドロン)がなぜ3つのクォークだけで説明できるの?

プロンプト:1950年代に加速器実験によって、100以上もの素粒子が見つかったって聞いたんだけど、どんなもの?列挙して。それらはクォークの組み合わせだけで説明がつくの?マレー・ゲル=マンは何を提唱して、その100以上の粒子をどう分類したの?

Gemini 2.5 Pro:1950年代から1960年代にかけて加速器実験で見つかった100以上もの粒子は、現在「ハドロン」と呼ばれている粒子群です。これらは当時、陽子や中性子、電子などと並ぶ「素粒子」の一種だと考えられていましたが、あまりにも数が多いため「素粒子の動物園 (particle zoo)」と呼ばれる混乱状態にありました。

1. どんな粒子が見つかったか?

すべてを列挙することは困難ですが、これらは大きく「中間子(メソン)」と「バリオン(重粒子)」に分類されます。

代表的な粒子には以下のようなものがあります。

mesons (中間子)

  • パイ中間子 ($\pi$): $\pi^+$ (パイプラス), $\pi^0$ (パイゼロ), $\pi^-$ (パイマイナス)
    • 湯川秀樹博士が予言した、核力(陽子と中性子を結びつける力)を媒介する粒子です。
  • K中間子 (ケーオン, $K$): $K^+$ (ケープラス), $K^0$ (ケーゼロ), $K^-$ (ケーマイナス), $\bar{K}^0$ (反ケーゼロ)
    • これらは、生成されるときは早い(強い相互作用)のに、崩壊するときは遅い(弱い相互作用)という奇妙な性質を持ち、「奇妙な (Strange)」粒子と呼ばれました。

Baryons (バリオン)

陽子や中性子の「仲間」です。

  • ラムダ粒子 ($\Lambda^0$): $\Lambda^0$ (ラムダゼロ)
  • シグマ粒子 ($\Sigma$): $\Sigma^+$ (シグマプラス), $\Sigma^0$ (シグマゼロ), $\Sigma^-$ (シグママイナス)
  • グザイ粒子 ($\Xi$): $\Xi^0$ (グザイゼロ), $\Xi^-$ (グザイマイナス)
  • デルタ粒子 ($\Delta$): $\Delta^{++}, \Delta^+, \Delta^0, \Delta^-$

これらに加えて、さらに重く、一瞬で崩壊してしまう「共鳴状態」と呼ばれる粒子も多数発見され、その総数は100を超えました。

2. それらはクォークだけで説明がつく?

はい、見事につきます。

当時発見された100種類以上のハドロンはすべて、ゲルマンらが提唱した3種類のクォーク(と、それらの反粒子)の組み合わせだけで、完璧に説明できることがわかりました。

  • バリオン(陽子、中性子、$\Lambda$ など): 3個のクォーク ($qqq$) からできている。
  • 中間子($\pi$, $K$ など): 1個のクォークと1個の反クォーク ($q\bar{q}$) からできている。

3. ゲル=マンは何を提唱し、どう分類したか?

この「動物園」状態を整理したのが、マレー・ゲルマン(と、独立に西島和彦、ユヴァル・ネーマン)でした。彼のアプローチは2段階あります。

① 分類法:「八道説 (Eightfold Way)」 (1961年)

まずゲルマンは、これらの粒子が持つ性質、特に「アイソスピン」と「ストレンジネス」(K中間子などの「奇妙さ」を表す量子数)に着目しました。

そして、これらの性質を軸にして粒子をプロットすると、数学的に非常に美しいパターン(SU(3)対称性と呼ばれる群論のパターン)に従って、8個や10個のグループ(多重項)に分類できることを発見しました。これを仏教の八正道になぞらえて「八道説 (Eightfold Way)」と名付けました。

  • バリオン8重項 (Octet): 陽子、中性子、$\Lambda, \Sigma, \Xi$ の8個の粒子が、六角形と中心の2点をなす美しい配置に収まりました。
  • バリオン10重項 (Decuplet): $\Delta$粒子など10個の粒子が、きれいな三角形の配置に収まりました。

② 実態の理論:「クォークモデル」 (1964年)

「八道説」による分類は完璧でしたが、「なぜ」このような美しいパターンが生まれるのかは謎でした。

そこでゲルマン(と、独立にジョージ・ツバイク)は、このパターンの背後にある、より基本的な「構成要素」が存在するのではないかと考えました。これが「クォーク」です。

ゲルマンは、以下の3種類のクォーク(と反クォーク)を仮定しました。

  1. アップクォーク ($u$): 電荷 $+2/3$
  2. ダウンクォーク ($d$): 電荷 $-1/3$
  3. ストレンジクォーク ($s$): 電荷 $-1/3$, ストレンジネスを持つ

この3つの「部品」を組み合わせると、「八道説」で分類されたすべてのハドロンを説明できたのです。

  • 陽子 ($p$) $\rightarrow$ $uud$ (電荷: $2/3 + 2/3 – 1/3 = +1$)
  • 中性子 ($n$) $\rightarrow$ $udd$ (電荷: $2/3 – 1/3 – 1/3 = 0$)
  • K中間子 ($K^+$) $\rightarrow$ $u\bar{s}$ (電荷: $2/3 + (+1/3) = +1$)
  • パイ中間子 ($\pi^+$) $\rightarrow$ $u\bar{d}$ (電荷: $2/3 + (+1/3) = +1$)

このモデルの正しさを決定づけたのは、バリオン10重項(三角形)の「頂点」にあたる粒子がまだ発見されていなかったことです。ゲルマンは「八道説」とクォークモデル($sss$ という組み合わせ)に基づき、その未発見の粒子(オメガ粒子 $\Omega^-$)の存在と性質(質量や電荷)を予言しました。そして1964年、その粒子が実験で予言通りの性質で発見され、クォークモデルの正しさが証明されたのです。

 

プロンプト:クォーク3つと反粒子6個で、なぜ100種類以上になる?どういう組み合わせ?

Gemini 2.5 Pro:ご質問ありがとうございます。その疑問は素晴らしい点で、1960年代の物理学者が頭を抱えたまさにそのポイントです。

おっしゃる通り、もし「アップ(u)」「ダウン(d)」「ストレンジ(s)」の3種類のクォークとその反粒子($\bar{u}, \bar{d}, \bar{s}$)の単純な組み合わせだけなら、粒子は100種類もできません。

100種類以上になった理由は、基本の組み合わせが「励起(れいき)状態」になるからです。


🏛️ 例:水素原子とのアナロジー

一番わかりやすい例えは水素原子です。

  • 水素原子の「部品」は、陽子1個電子1個だけです。
  • しかし、電子は一番安定な「基底状態」(いちばん内側の軌道)にいるだけでなく、外からエネルギーを与えられると、より高いエネルギーを持つ「励起状態」(外側の軌道)に移ることができます。
  • この励起状態の水素原子は、不安定ですぐに光を放って基底状態に戻りますが、物理的には「基底状態の水素原子」とは区別される「状態」です。

🚀 クォークの組み合わせと「励起状態」

ハドロン(陽子や中間子などの粒子)もこれと全く同じです。

100種類以上の粒子は、大きく分けて以下の3つの要素の「かけ算」で増えていきました。

1. フレーバーの組み合わせ(基本的な部品)

まず、どのクォークを使うかで基本的な粒子が決まります。

  • 中間子 ($q\bar{q}$): $u\bar{d}$(パイ中間子)、$u\bar{s}$(K中間子)など、9種類
  • バリオン ($qqq$): $uud$(陽子)、$uds$(ラムダ粒子)など、10種類

これだけでは、まだ19種類です。

2. スピンの向き(部品の組み方)

同じクォークの組み合わせでも、クォークが持つ「スピン」(自転のようなもの)が同じ向きか、逆向きかで別の粒子になります。

  • 例:$u\bar{d}$ という組み合わせ
    • クォークと反クォークのスピンが逆向き ($\uparrow\downarrow$) $\rightarrow$ パイ中間子 ($\pi^+$)
    • クォークと反クォークのスピンが同じ向き ($\uparrow\uparrow$) $\rightarrow$ ロー中間子 ($\rho^+$)

これで粒子は2倍近くに増えます。例えば、バリオンの「10重項」($\Delta$粒子など)は、3つのクォークのスピンがすべて同じ向き ($\uparrow\uparrow\uparrow$) に揃ったグループです。

3. 励起状態(共鳴状態)

これが最も大きく数を増やした原因です。

クォーク同士が、水素原子の電子のように、より高いエネルギーを持ってグルグルと軌道運動している状態です。

これらは「共鳴状態(きょうめいじょうたい)」と呼ばれます。

  • 例:陽子 ($uud$)
    • 基底状態 (Ground State):一番エネルギーが低い、安定した状態。これが私たちが知っている「陽子 ($p$)」です。
    • 励起状態 (Excited States / Resonances):同じ $uud$ という部品でできていても、内部のクォークがより高いエネルギーで運動している状態。
      • $N(1440)^+$
      • $N(1520)^+$
      • $N(1680)^+$
      • ・・・など、多数存在します。

これらはすべて「陽子の励起状態(仲間)」ですが、質量も重く、性質も異なり、そして一瞬で崩壊してしまいます(寿命は $10^{-23}$ 秒など)。

1950〜60年代の加速器実験は、エネルギーをぶつけることで、これらの無数の「励起状態(共鳴状態)」を次々と叩き起こしていたのです。

まとめ

「100種類以上の素粒子」とは、「フレーバーの組み合わせ(約20種類)」 $\times$ 「スピンの組み方(数パターン)」 $\times$ 「無数の励起状態」の結果だったのです。

ゲルマンのクォークモデルは、これらの粒子がすべて「$u, d, s$」というたった3種類の部品からできていることを示し、無秩序だった「素粒子の動物園」を、原子が「周期表」で整理されたのと同じくらい見事に整理しました。

 

論文

  1. Murray Gell-Mann A Schematic Model of Baryons and Mesons  1964   Phys.Lett. 8 (1964) 214-215 DOI: 10.1016/S0031-9163(64)92001-3 https://link.springer.com/article/10.1007/s12045-019-0853-x

下の音声は、上の論文を資料として与えて、Google NoteBookLM音声解説機能により自動作成したポッドキャストです。

 

プロンプト:この論文の意義、論文の内容(できるだけ網羅的に)など、わかりやすく説明してくれない?

Gemini 2.5 Pro:はい、このゲルマンの論文(1964年)は、現代の素粒子物理学の「旧約聖書」とも言えるほど重要な論文です。この論文の意義と内容を分かりやすく解説します。


1. 📜 この論文の「すごさ」 (意義)

この論文の最大の功績は、当時「素粒子の動物園」と呼ばれ混乱していた100種類以上の粒子(ハドロン)が、たった3種類の基本的な粒子「クォーク」の組み合わせでできている、という革新的なモデルを提唱したことです 2

  • 混沌の整理: 陽子や中性子 3、パイ中間子、K中間子など、バラバラに見えた粒子群が、クォーク($u, d, s$)という部品から成る「複合粒子」であると喝破しました。
  • 予言能力: このモデルは、粒子を美しく分類した「八道説 (Eightfold Way)」 4 を完璧に説明し、さらに当時未発見だった粒子($\Omega^-$粒子)の存在を予言し、後にそれが発見されるきっかけとなりました。
  • 理論の基盤: クォークという実体を仮定することで、「強い力」だけでなく「弱い力」や「電磁気力」の性質も統一的に説明できることを示し 5、現在の「標準理論」の基礎を築きました。

2. 📝 論文の詳しい内容

この論文はわずか2ページ(実質1ページ半) 6666 ですが、内容は非常に濃密です。

① 動機:なぜ「八道説」は成り立つのか?

  • ゲルマンは論文の冒頭で、バリオンやメソンが「八道説 (Eightfold Way)7(自身が提唱したSU(3)対称性という数学的分類法)に従うことは分かってきたが、その「根本的な説明を探りたい8 と述べています。

② 着想:「基本的な三重項」

  • 「八道説」というパターンを生み出す、より基本的な構成要素(基本的な実体) 9 があるはずだと考えました。
  • 彼は、それが「三重項 (unitary triplets)10 という3つの粒子のグループではないか、と思いつきます。

③ 提唱:「クォーク」と「分数電荷」

  • この論文の核心です。ゲルマンは、整数ではない「分数電荷11を許容すれば、非常にシンプルでエレガントなモデルが作れることに気づきました 12
  • 彼は、以下の性質を持つ「三重項」を提唱し、これを「クォーク (quarks)13と名付けました(名前はジェームズ・ジョイスの小説『フィネガンズ・ウェイク』の一節から取られています 14)。
    • スピン: 1/2 15
    • バリオン数: 1/3 16
    • 電荷:
      • $u$ (アップ): $+2/3$
      • $d$ (ダウン): $-1/3$ 17
      • $s$ (ストレンジ): $-1/3$ 18

④ ハドロンの構成ルール

  • この3種類のクォーク(と、その反粒子である反クォーク)を使えば、すべてのハドロンが説明できるとしました。
    • バリオン (陽子、中性子など): クォーク3個 ($qqq$) の組み合わせ 19
    • メソン (中間子など): クォーク1個と反クォーク1個 ($q\bar{q}$) の組み合わせ 20
  • このルールで粒子を作ると、観測されていた「八道説」のパターン(8重項や10重項など)が自然に現れることを示しました 21

⑤ 相互作用の記述

  • このモデルの真価は、単なる分類法に留まらなかった点です。
  • クォークを実体と仮定すると、「電磁気力」の電流 22や、「弱い力」の電流 23 を、クォークの式として非常にきれいに書き表せることを示しました。
  • 特に、当時最新だった「弱い力」の理論(カビボ理論) 24が導き出す複雑な法則 25を、このクォークモデルがすべて自動的に満たしてしまうことを明らかにしました 26

3. 🤔 ゲルマン自身の「ためらい」

この論文で非常に興味深いのは、ゲルマン自身がクォークの「実在」に懐疑的だった点です。

  • 導入解説文にあるように、ゲルマンは当初、クォークを「数学的な存在27「便利な道具」と捉えており、実在の粒子とは考えていませんでした 28
  • 論文の最後は、「もしクォークが実在の粒子だったら」 29という「お楽しみの推測 (fun to speculate)」 30 という形で締めくくられています。
  • もし実在するなら、電荷が分数なのでクォークのどれかは安定なはずであり 31313131、地球もそれで汚染されているはずだ 32 と推測しています。
  • そして最後に、「最高エネルギーの加速器で(分数の電荷を持つ)安定なクォークを探すことは、実在しないことを再確認するのに役立つだろう33 と、半ば皮肉とも取れる有名な一文を残しています。

彼自身は数学的な道具と考えていたものが、後のSLACの実験 34 などによって「実在の粒子」であることが証明され、物理学の根幹を成す概念となっていったのです。

プロンプト:もう少し詳しく、論文に即して説明してくれない?

Gemini 2.5 Pro:承知いたしました。この論文の核心は、素粒子を分類する数学(群論)と、実験で観測される物理量(カレント)を、「クォーク」という実体を通じて結びつけた点にあります。物理学徒向けに、数式や専門用語に焦点を当てて解説します。


1. ⚛️ 中核:SU(3)対称性と「三重項」

この論文の出発点は、ハドロン(バリオンやメソン)が「八道説 (Eightfold Way)11、すなわち数学的なSU(3)対称性に従ってきれいに分類できること、でした。

  • 問題意識: 陽子や中性子などが8個のグループ(オクテット、8重項)を形成する。このSU(3)対称性はどこから来るのか? 2222
  • 着想: このSU(3)の「基本表現(fundamental representation)」として、粒子が3人組の「三重項 (unitary triplets)3 から成るのではないか、と考えました。
  • 飛躍: ゲルマンは、この三重項tのメンバー($u, d, s$)に、分数電荷 4バリオン数 $B=1/3$ 55 という前代未聞の量子数を割り当てました。

具体的には、論文の記述 6666 から、以下の量子数が割り当てられています。

($I_3$: アイソスピン第3成分, $Q$: 電荷, $B$: バリオン数, $Y$: ハイパーチャージ $Y=B+S$)

クォーク I3​ B Q Y (Hypercharge)
$u$ (up) $+1/2$ $1/3$ $+2/3$ $1/3$
$d$ (down) $-1/2$ $1/3$ $-1/3$ $1/3$
$s$ (strange) $0$ $1/3$ $-1/3$ $-2/3$

【ポイント】

この電荷の割り当ては、Gell-Mann–Nishijimaの公式 $Q = I_3 + Y/2$ を完璧に満たします。

  • $u$: $Q = 1/2 + (1/3)/2 = 2/3$
  • $d$: $Q = -1/2 + (1/3)/2 = -1/3$
  • $s$: $Q = 0 + (-2/3)/2 = -1/3$

2. 🧩 ハドロンの構成(群論的)

この「部品」としてのクォーク($q$)と反クォーク($\bar{q}$)から、ハドロンを構成します 7。SU(3)群の表現の積で考えると、

  • メソン (Mesons) : $q\bar{q}$
    • SU(3)の表現論では: $\mathbf{3} \otimes \mathbf{\bar{3}} = \mathbf{1} \oplus \mathbf{8}$
    • これは「1重項(シングレット)」と「8重項(オクテット)」が現れることを意味します。これがまさに観測されていたメソンのパターン($\pi$中間子や$K$中間子など)と一致しました 8
  • バリオン (Baryons) : $qqq$
    • SU(3)の表現論では: $\mathbf{3} \otimes \mathbf{3} \otimes \mathbf{3} = \mathbf{1} \oplus \mathbf{8} \oplus \mathbf{8} \oplus \mathbf{10}$
    • 論文では「1, 8, 10の表現が観測されている」 9 と簡潔に述べられています。陽子や中性子が属する「8重項(オクテット)」と、$\Delta$粒子や(当時未発見の)$\Omega^-$粒子が属する「10重項(デキュプレット)」が、このモデルから自然に導出されたのです。

3. ⚡️ 論文の真髄:カレントの構築

この論文が単なる「分類学」で終わらなかった最大の理由は、このクォークを基本的な場(ディラック場)として、**物理的な「カレント」**を構築した点です。

電磁カレント (Electromagnetic Current)

電磁気力は電荷を持つ粒子と相互作用します。クォークモデルにおける電磁カレント $j_{\alpha}^{EM}$ は、各クォークの電荷 $Q_q$ を使って以下のように書けます。

$$j_{\alpha}^{EM} = Q_u \cdot \bar{u}\gamma_{\alpha}u + Q_d \cdot \bar{d}\gamma_{\alpha}d + Q_s \cdot \bar{s}\gamma_{\alpha}s$$

論文で示されたように 10、これにクォークの電荷($+2/3, -1/3, -1/3$)を代入すると、

$$j_{\alpha}^{EM} = \frac{2}{3}\bar{u}\gamma_{\alpha}u – \frac{1}{3}\bar{d}\gamma_{\alpha}d – \frac{1}{3}\bar{s}\gamma_{\alpha}s$$

となります。

さらにゲルマンは、これが「八道説」のSU(3)対称性を生成するカレント($F_{\alpha}$、F-スピンカレント)と見事に一致することを示します 11。

$$j_{\alpha}^{EM} = F_{3\alpha} + \frac{1}{\sqrt{3}} F_{8\alpha}$$
  • $F_{3\alpha}$ はアイソスピンの第3成分($I_3$)に対応するカレントです。
  • $F_{8\alpha}$ はハイパーチャージ($Y$)に対応するカレントです。

これは、Gell-Mann–Nishijimaの公式 $Q = I_3 + Y/2$ を、そのままカレントのレベルで実現していることを意味し、クォークモデルがSU(3)対称性と見事に整合することの強力な証拠となりました。

弱いカレント (Weak Current)

最も強力だったのが「弱い相互作用」の記述です。

ゲルマンは、弱い相互作用を引き起こすカレント $j_{\alpha}^{Weak}$ が、クォークの場で以下のように書けると提唱しました 12。

$$j_{\alpha}^{Weak} = i\bar{u}\gamma_{\alpha}(1+\gamma_{5})(d \cos \theta + s \sin \theta)$$

この数式が持つ意味は絶大です。

  1. V-A構造: $\gamma_{\alpha}(1+\gamma_{5})$ の項は 13、弱い相互作用が「ベクトル(V)カレント」と「アキシャルベクトル(A)カレント」の足し算(論文の表記。現代の表記ではV-A)で書けるという、パリティの破れを含む根本的な性質を表しています。
  2. カビボ混合: 論文の核心部です 141414。弱い相互作用は、純粋な $d$ クォークではなく、 $d$$s$混合した状態 $(d \cos \theta + s \sin \theta)$ 15 と結合することを示しました。
    • $\theta$ は「カビボ角」と呼ばれる混合角です 16
    • $\bar{u}d \cos \theta$ の項は、ストレンジネスを変えない崩壊(例:中性子 $\to$ 陽子)を表します。
    • $\bar{u}s \sin \theta$ の項は、ストレンジネスを変える崩壊(例:$\Lambda$粒子 $\to$ 陽子)を表します。
    • これにより、なぜストレンジ粒子($s$ を含む)の崩壊が、ストレンジでない粒子の崩壊よりも($\sin \theta$ の分だけ)**弱いのか(起こりにくいのか)**を、見事に説明できました。

4. 🧮 カレント代数への道

ゲルマンの真の狙いは、このクォークの場の理論から「カレント代数 (Current Algebra)」と呼ばれる数学的関係式を導出することでした 171717171717

彼は、クォークモデルを仮定すると、各カレントの時間成分(電荷密度 $F_{j4}$)の間に、SU(3)の構造定数 $f_{jkl}$ を用いた「等時刻交換関係 (Equal-Time Commutation Rules)」が成り立つことを示しました 18181818

$$[cite_start][F_{j4}(x), F_{k4}(x’)] = i f_{jkl} F_{l4}(x) \delta(x-x’) \quad \text{(論文 [cite: 69] の意図)}$$

この抽象的な数式は、たとえクォークが実在しない数学的な存在だったとしても成立する 191919 と考えられました。そして、この「代数」関係だけを使って、ハドロンの崩壊確率などを計算する強力な理論的枠組み(カレント代数)が、この後1960年代に一世を風靡しました。

ゲルマンがこの論文で示した懐疑的な態度 20202020は、彼にとってクォークが「実在の粒子」であることよりも、この美しい「代数」を生み出すための便利な道具であった 21 ことを示しています。

 

マレー・ゲル=マン(1929年9月15日 – 2019年5月24日)

  1. Remembering Murray Gell-Mann His far-reaching intellect and idiosyncratic personality ensured that interacting him was an exercise in complexity By Stephen Wolfram June 6, 2019  https://www.scientificamerican.com/blog/observations/remembering-murray-gell-mann/