酸化還元反応とは

ある物質が「酸化される」とは、その物資に酸素が結合するということでした。例えば、炭素が単体で存在していたとして(炭)、燃えることにより空気中の酸素O2と反応して二酸化炭素CO2が生じる反応

C + O2 → CO2

炭素は酸化されたということになります。

電子のやり取りによる酸化・還元の定義

もっと一般的に、酸素や水素のやり取りがない反応にまで酸化還元の考え方が拡張され、電子のやりとりで酸化(還元はそれを逆側の物資から見た見方)が定義されました。つまり、酸化とは「電子を失うこと」というわけです。炭素が二酸化炭素になったときに、炭素は電子を失っているのか?炭素原子は酸素原子と共有結合をつくっているのだから、電子を失ったとはいえないのではないかという疑問が湧きます。

そこで「電子を失う」の意味も拡張しておく必要があり、そこで考えられるのが「電気陰性度」というものです。共有結合で炭素原子と酸素原子の間に均等に電子が存在しているかというとそういうわけではなくて、酸素のほうが電気陰性度(電子を引き付けておく力)が強いので、共有といいつつ酸素のほうに電子は偏って存在しているのです。そこで、便宜的に炭素が酸素に電子を奪われたと考えるわけです。イオン化のように完全に電子を失った状態ではありません。

  1. Structurally simple complexes of CO2. DOI:10.1039/c4cc08510hCorpus ID: 205894008
  2. A search for selectivity to enable CO 2 capture with porous adsorbents
  3. Molecular Models: Bellevue College | CHEM& 161

電気陰性度は、同じ行なら周期表の右にいくほど大きくなります。2行目は

Li Be B C N O F Ne

ですから、電気陰性度は Li < Be < B < C < N < O < F   というわけです。ネオンNe(原子番号10)は、10個の電子が軌道にきれいに埋まっていて(1s, 2s, 2px, 2py, 2pzそれぞれに2個ずつ)単原子分子として存在しており反応性が低く、安定なので電気陰性度は定義されないようです。また周期表の上の行ほど電気陰性度は大きい傾向があります。高校の化学でさんざんやったことですが、「酸化数」という概念を導入して、イオン化合物や共有結合をした化合物の反応における酸化還元反応を理解することもできます。

フッ素Fのほうが酸素Oよりも電気陰性度が大きいんですね。OとFの間で共有結合する化合物二フッ化二酸素 O2F2 (Dioxygen difluoride)においては、OとFとで共有している電子対はF側に偏って存在するということになります。O2 + F2+→ O2F2 の反応では、「酸素が酸化された」(!)というのだそうです(下の解説記事参照)。

  1. 酸化・還元の定義 Chemist Eyes

脱水素反応あるいは水素の付加を酸化・還元と呼ぶ理由

化合物中の水素原子が奪われたときに、「酸化された」といい、水素原子が付加されたときを「還元された」とも言います。

水素が奪われると酸化というのなら、炭素と水素とでは炭素のほうが電気陰性度が大きいのかと思いますが、実際にそうなっています。

炭素水素のポーリングの電気陰性度はそれぞれ2.52.1で、この差はあまり大きくないのでC-H結合はふつう無極性共有結合とみなされる。(炭素―水素結合 ウィキペディア)

電気陰性度は確かに炭素のほうが大きいのですが、極性があるとは通常みなさないのだそう。

とはいえ、水素の電気陰性度は他の原子と比べて一番小さい、すなわち、共有結合をつくったときに電子を引き付ける力が弱い(電子の存在する場所は相手の原子の周りに偏る)ことから、水素が炭素に付加した場合は、電子がその炭素に「与えられた」と考えて、還元されたと表現するみたいです。上のことと若干矛盾するような気もしますが、そういう約束事ということでしょうか。

When a carbon atom loses a bond to hydrogen and gains a bond to a heteroatom (or to another carbon atom), it is considered to be an oxidative process because hydrogen, of all the elements, is the least electronegative. Thus, in the process of dehydrogenation the carbon atom undergoes an overall loss of electron density – and loss of electrons is oxidation.(Layne Morsch University of Illinois Springfield LibreText Chemistry 20.3: A Preview of Oxidation and Reduction )

水素陰イオンによる説明も見かけることがあります。

Most of the redox reactions you have seen previously in general chemistry probably involved the flow of electrons from one metal to another, such as the reaction between copper ion in solution and metallic zinc:Cu+2(aq)+Zn(s)→Cu(s)+Zn+2(aq)(10.8.1)

In organic chemistry, redox reactions look a little different. Electrons in an organic redox reaction often are transferred in the form of a hydride ion – a proton and two electrons. Because they occur in conjunction with the transfer of a proton, these are commonly referred to as hydrogenation and dehydrogenation reactions: a hydride plus a proton adds up to a hydrogen (H2) molecule. (10.8: Oxidation and Reduction in Organic Chemistry LibreText Chemistry)

電子の軌道のエネルギー順位による電気陰性度の説明

生体とエネルギーの物理(裳華房 日本物理学会編)という教科書に、グルコースになぜエネルギーが蓄えられているのかという説明があり、そこでは(91ページ)

多くの分子は、水素、炭素、酸素原子からできている。水素原子には電子が1個、炭素原子には6個、酸素原子には8個入っている。各原子のもっとも高いエネルギー順位にある電子について考える。それらの電子のエネルギー順位は3つの原子で同じではない。電子は 水素>炭素>酸素 の順に高いエネルギー準位にある。逆にいえば、電気陰性度(電子を引き付けやすい度合い)は 水素<炭素<酸素 の順に大きい。したがって、これらの元素を含む分子を作ると、電子は水素にとどまる方が最もエネルギーが高くなる。(中略)C-Hボンドのときは、電子はいくらかCにひきつけられるが、O-Hボンドのときほどではない。したがって、水素原子はO-HボンドとなるよりもC-Hボンドとなる方が より高いエネルギー状態にある。(生体とエネルギーの物理 91ページ)

と書いてありました。水素の電子は1s軌道にあり、酸素原子の外側の電子は2p軌道にありますが、酸素原子の2p軌道のほうが水素原子の1s軌道よりもエネルギー順位が低いというのは知りませんでした。

Antibonding σ* molecular orbital has the greater hydrogen 1s character. Because 1s hydrogen orbital has higher energy than 2p orbital of oxygen so it is nearer to higher energy σ* orbital. (StudySmarter Q54E Expert-verified Found in: Page 599 Chemical Principles Chemical Principles Book edition 8th Edition Author(s) Steven S. Zumdahl, Donald J. DeCoste Pages 1216 pages ISBN 9781305581982)

もうひとつ、わかりやすい説明。

The term “valence orbital ionization energy” (VOIE) is the amount of energy needed to ionize an electron from a particular atomic orbital. For example, the VOIE of the hydrogen 1s orbital is 13.6 eV, such that an electron residing in a hydrogen 1s orbital is at −13.6 eV on the energy scale. Oxygen is much more electronegative than hydrogen, and among the oxygen valence atomic orbitals, the 2s is more electronegative than the 2p set. The respective VOIE values are 32.3 and 15.8 eV. (Symmetry and Molecular Orbitals principles of inorganic chemistry I 5.03 mit.edu)

参考図書

  • Chemistry 2023/1/31 DeCoste, Donald J., Zumdahl, Steven, Zumdahl, Susan 1216ページ ISBN-10 ‏ : ‎ 035785067X ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0357850671
  • principles of inorganic chemistry I 5.03
  • Unit II: Chemical Bonding & Structure Lecture 13: Molecular Orbital Theory MIT OpenCourseWare search GIVE NOW ABOUT OCW HELP & FAQS CONTACT US 5.111SC | Fall 2014 | Undergraduate Principles Of Chemical Science
  • http://web.mit.edu/5.03/www/readings/symmetry_mo/