電気陰性度とは何か、その定義

Linus Paulingの教科書General Chemistryを読んでいたら、電気陰性度が強い原子との結合ほど結合エネルギーが大きいという話がありました(186ページ エンタルピーの説明のところ)。あまりこういう説明を聞いたことがなかった(不勉強のせい)ので、へ~ぇと新鮮に感じました。

高校の化学で電気陰性度というものを勉強しましたが、大学に入ってすっかり忘れて、その後、生化学でまた久しぶりに出くわしたようにおもいます。酸素は電気陰性度が大きいので電子を引き付けるというのは水素結合を理解するのに便利ですが、よくよく考えてみるとそもそも電気陰性度ってなんだっけ?と思ってしまいました。

元素がどれだけ電子を引き寄せるかの強さの相対的な尺度は「電気陰性度」で表されています。電気陰性度は1932年にライナス・ポーリングによって初めて具体的な式が与えらました。これまで、電気陰性度は主にガスの反応熱のデータをもとに周期表の各元素に対してひとつの値が定められてきました。高校化学の教科書に登場する電気陰性度もこの値です。(原子間力顕微鏡で原子1個の電気陰性度を測定する!小野田穣 2017年5月23日 Adademist Jounral)

Paulingの 定 義 で はX-Y結 合 の結 合 エ ネ ル ギ ー をD(XY),元 素Xの 電 陰 性 度 をxxと した とき,
D(A-B)={D(A-A)+D(B-B)}/2+23(xA-xB)2 (1)
も し くは,
D(A-B)={D(A-A)・D(B-B)}1/2+30(xA-xB)2 (2)
の関係か ら相 的 な電 陰性度が算 出され ます。式(1)も しくは(2) は 式であ って,量子力学的に導出 され るよ うな明確 な理論的背景を持ったものではあ りません。 しかし,電気陰性度はいろいろな測定にして良い相関を示すことが知られ てい ます 。

密度汎関法の枠組みの中で電気陰性度x は次のよ うに書 き表 され ます 。
– x=μ=(dE/dN)v=μ0+2η0△N (3)
ここで,μ は原子の化学ポテンシャルで,△Nはこの原子を部分系として捉えたときに外界とやり取りする電子の変化量です。
式(3)に 基づ く部分電荷 の が第1原 理 計算の結果 ときれいに一致 する ことが示 され ています(W.J. Mortier, S.K. Ghosh and S. Shankar: J. Am. Chem. Soc. 108, 4315 (1986).) 。(困ったときの電陰性度 兵頭志明  田中央研究所 表面科学Vo1.18,No.11,pp.717-722,1997)

  1. Electronegativity-equalization method for the calculation of atomic charges in molecules Wilfried J. Mortier, Swapan K. Ghosh, and S. Shankar Cite this: J. Am. Chem. Soc. 1986, 108, 15, 4315–4320 Publication Date:July 1, 1986 https://doi.org/10.1021/ja00275a013

密度関数法というものは初耳ですが、電気陰性度が化学ポテンシャルと結びついているというのも初めて知りました。

According to Koopman’s theorem the HOMO energy is related to the ionization potential and the LUMO energy has been used to estimate the electron affinity. If , then the average value of the HOMO and LUMO energies is related to the electronegativity defined by Mulliken with . Using Koopman’s theorem [5] for closed shell molecules, hardness (  ) and chemical potential (μ) are defined as The electronegativity and hardness are used extensively to make predictions about the chemical behaviour. The former measures the power of an atom to attract electrons towards itself and the later measures the resistance of an atom to charge transfer. From the above definition of electronegativity, the negative of the electronegativity is the chemical potential which is defined as the first derivative of the total energy with respect to the number of electrons and the hardness is defined as the second derivative of the total energy. (Molecular structure, vibrational spectroscopic and site selectivity studies in 5-amino-3-methyl-1,2-oxazole-4-carbonitrile using DFT Technique December 2014)

ポーリングの方法は経験則みたいですが、マリケンの定義だと計算で決められるようです。

アメリカの化学者であるロバート・マリケンは、原子のイオン化エネルギーと電子親和力の平均値を電気陰性度と定義しました。マリケンは、着目した原子のイオン化エネルギーが大きいほど自身の電子を引き付ける力が強く、また電子親和力が大きいほど相手の電子を引き付ける力が強いと考えたのです。この式によって導かれたマリケンの電気陰性度は、ポーリングの求めた値と強い相関関係にあります。(イオン化エネルギーと電子親和力 生活と化化学)

電子分布の偏りの尺度としてよく知られているのは電気陰性度である。電気陰性度を数値化する方法としては、マリケンの方法とポーリングの方法の2つが知られている。マリケンの定義によれば、電気陰性度 χ は原子のイオン化エネルギー(IE)と電子付加エネルギー(EA)(電子親和力とも呼ばれる)によって
χ = (IE + EA) / 2      (6.43)
と表わされる。ここで、N 電子系の分子のエネルギーを E(N) とすると、IE と EA はそ
れぞれ
IE = E(N − 1) − E(N)       (6.44)
EA = E(N) − E(N + 1)      (6.45)

と表わせる。イオン化が最高被占軌道(HOMO:highest occupied molecular orbital) から起こり、電子付加が最低空軌道(LUMO:lowest unoccupied molecular orbital)から起こるとすると、IE の近似値は −εHOMO、EA の近似値は −εLUMO で与えられる。従って、χ は
χ = −(εHOMO − εLUMO)/2      (6.46)
となる。普通、電子は分子に束縛されているので、電子が詰まった軌道の軌道エネルギー
は負の値になる。普通 EA の値は IE の値よりも小さい。従って、χ の値は主に IE に依存する。この時、
χ = −εHOMO/2      (6.47)
と近似できる。すなわち、HOMO がエネルギー的に安定な原子ほど電気陰性度 χ は大き
くなる。(第1章 化学における量子化学の役割 chem.kumamoto-u.ac.jp )

 

第 二 期 は1961年 のIczkowski, Margrave の 論 文か ら始 まる 。 原子のエ ネル ギ ーEを 電 子 数Nで 偏 微 分 し た ∂E/∂Nが 原 子 のNの 点 のχ を与える,と 彼ら は考え た 。‥ 第 三期 は1978年Parrら の密度 汎関 理 論 によるχ の解 か ら始まる。彼 らはχ は一種 の化学 ポテンシャ ルであ る,と 考 えた。(電陰性度の考え方の変遷 井 本 英 二)

イオン化エネルギーと電子親和力

言葉に統一性がなくてわかりにくいですが、イオン化エネルギーは、原子から電子を一つ奪うときに必要となるエネルギーです。電子親和力(電子付加エネルギー)は、電子を付加するとき放出するエネルギーです。例えばナトリウムイオンから電子を奪ってNa+にするためにはエネルギーを与える必要があります。塩素原子を塩素イオンにするに電子を1つ渡してあげると、エネルギー的には安定な方向への変化なので、エネルギーを放出します。

  1. 化学結合】イオン化エネルギー,電子親和力とイオンのなりやすさについて 高校生の苦手解決Q&A 進研ゼミ高校講座

電子親和力のことを、陰イオンから電子を一つ奪うときのイオン化エネルギーと考えると、統一的な理解になるような気がします。あまりそういう言い方は見たことがありませんが。と思ったらヤフー知恵袋で質問があり、自分と同じことを出題している先生がいることがわかりました。

  1. Na^+の電子親和力と、Na原子のイオン化エネルギーとの関係を述べよ。(YAHO!知恵袋)

水素イオンの電気陰性度について

周期表の中では、水素Hが特徴的な電気陰性度を持っており、その値は2.201族元素の中では異様に大きいです。高校レベルの化学では、水素のイオンは水素イオンHの陽イオンしかでてきませんが、大学レベルの化学では、水素化物イオンH のように水素の陰イオンがでてきます。このように水素は中間的な電気陰性度を持つので、陽イオンにも陰イオンにもなることができるのです。(イオン化エネルギーと電子親和力 生活と化学)

電気陰性度に関する参考記事など

  1. ノート 1.2 電気陰性度はどう決められたか 丸善 https://www.maruzen-publishing.co.jp/contents/yukiplus/book_magazine/yuki/web/
  2. Leland C. Allen Electronegativity Is the Average One-Electron Energy of the Valence-Shell Electrons in Ground-State Free Atoms (PDF有料) J. Am. Chem. Soc. 1989, 111, 9003-9014 9003 有料
  3. 分子電子構造論(水曜日 3 コマ目)資料1
  4. 分子電子構造論 資料1 14ページ
  5. 電気陰性度=原子が共有結合の電子対を引きつける強さの尺度(https://www2.meijo-u.ac.jp/~tnagata/education/ochemb/2019/ochemb_02_slides.pdf

電気陰性度に関する論文(レビュー論文と原著論文)

  1. Electronegativity under Confinement  Molecules 2021, 26(22), 6924; https://doi.org/10.3390/molecules26226924
  2. Concerning electronegativity as a basic elemental property and why the periodic table is usually represented in its medium form Mark R. Leach Foundations of Chemistry volume 15, pages13–29 (2013)
  3. Theoretical and Computational Developments Systematic formulations for electronegativity and hardness and their atomic scales within density functional softness theory Mihai V. Putz First published: 15 September 2005 https://doi.org/10.1002/qua.20787 無料要旨
  4. About the Mulliken electronegativity in DFT Mihai V. Putz, Nino Russo & Emilia Sicilia Theoretical Chemistry Accounts volume 114, pages38–45 (2005) In the framework of density functional theory, a new formulation of electronegativity that recovers the Mulliken definition is proposed and its reliability is checked by computing electronegativity values for a large number of elements.
  5. Electronegativity Scale from Path Integral Formulation 8 May 2003  arXive
  6. Electronegativity in Quantum Chemistry E. M. Zueva, V. I. Galkin, A. R. Cherkasov & R. A. Cherkasov Russian Journal of Organic Chemistry volume 38, pages1719–1730 (2002) The possibility is discussed for determination of chemical potential (electronegativity) of an electron-nucleus system in terms of the quantum-mechanical density functional theory (DFT). (本文有料)
  7. THE NATURE OF THE CHEMICAL BOND. IV. THE ENERGY OF SINGLE BONDS AND THE RELATIVE ELECTRONEGATIVITY OF ATOMS Linus Pauling  J. Am. Chem. Soc. 1932, 54, 9, 3570–3582 Publication Date:September 1, 1932 https://doi.org/10.1021/ja01348a011