大学レベルの生命科学(生物学、生化学、細胞生物学、生物物理)の定番の教科書のお勧め

大学の生物学科ではどんな教科書が使われているのでしょうか。自分が知る限り、キャンベルのエッセンシャル生物学を指定教科書にしているところが多いように思います。図もきれいだし説明の詳しさやカバーする範囲も適度で、本の厚さも適度に薄いので採用する大学が多いのもわかります。ただ生物学といっても現代の生物学は、分子生物学や細胞生物学が主流であって、高校の生物の教科書をただ分厚くしただけの教科書だと、その後大学院に進学して研究の道に足を踏み入れる人には物足りない可能性があります。

大学で生命科学系の学部に所属している学生は、専攻に応じて生物学、生化学、細胞生物学などの教科書を少なくともどれか一つくらいは読んだほうがいいでしょう。自分の大学時代は、遠い昔ですが、Molecular Biology of the Cell と Molecular Biology of the Geneを原書で読みました。一人で読むと挫折しがちなので、THE CELLのほうは、輪講の形式で読んだように思います。

THE CELL「細胞の分子生物学」は有名ですが、分厚すぎて、将来生命科学の研究者になるつもりの人間でもない限り、勧められません。

英語で書かれた定番の教科書は邦訳がありますが、個人的には訳書は勧めません。その理由は、

  1. 日本語訳の品質に不安がある。有名な先生が監訳していても、実際にはそこの研究室の大学院生が訳しているのかもしれません。英語の直訳は読みにくいです。
  2. 教科書の英語は読みやすい。英語のレベルとしては、大学受験の英語が読めた人なら、何の苦労もなく読めるレベルで書かれています。わざわざ日本語に直したものを読む必要がありません。
  3. 英語の勉強に。研究者になるのでなくても、英語力は必須です。少しでも生の英語に接するために、生物の教科書くらいは英語の原書を読みましょう。
  4. 版が古い。人気の教科書は数年ごとに改訂されていきますが、翻訳はそれに追いつかないので、ひとつ以上古い版しかないことが多いです。生命科学の進展の速さを考えれば、最新版を読まないのは不利でしょう。

さて、一般生物学の本は全てにわたって中途半端になる恐れがある一方で、自分なりの生命観を養うには好適かもしれません。というのも、分子生物学のようにいきなり細かいことから学び始めると、生命ってなんだっけ?というビッグクエスチョンをすっとばしてしまう恐れがあるからです。自分は1000ぺーじを超えるような大著の教科書をパラパラと読みたい章から読んでいくのも楽しいと思います。

LIFE

Life: The Science of Biology 第12版 2020/3/4 著者:David Sadava, David Hillis, H. Craig Heller, Sally D. Hacker , Dave Hall, Marta Laskowski

LIFEは、文字通り「生命」について考えならが読むのには楽しい教科書だと思います。自分は原書第10版をもっています。

THE CELL

THE GENE

細胞生物学の教科書といえば、ブルース・アルバーツ(Bruce Alberts)らの「Molecular Biology of the Cell」(細胞の分子生物学)が真っ先に思い浮かびます。

Molecular Biology of the Cell (6th Edition)

しかし、これは分厚すぎて、将来生物学者になるつもりの学生でもない限り勧められない分量です。そこで、もう少しコンパクトな万人向けのものとして、同じ著者陣によるEssential細胞生物学が非常に多くの大学や学科で使われています。

Essential Cell Biology

これは標準的な内容で安心して人に勧められるものですが、生物学はどうも知識の集大成的な性格のため、エッセンシャルといってもかなりの内容量になり、普通の学生は圧倒されてしまうでしょう。

生物学をどのような視点で理解したいかによって、他にもいろいろな選択肢があります。物理化学的な見方で細胞を理解するというスタンスの教科書が、Physical Biology of the Cell。邦訳はまだ見当たりませんが、非常に良く出来た教科書です。

Physical Biology of the Cell

生命現象を物理や化学の言葉で理解するのが生物学の本来あるべき姿だと考えるならば、Physical Biology of the Cellはまさにその路線に沿った教育的な内容になっています。

進化の考え方を軸においた生物学の教科書としては、有名なキャンベルの生物学があります。

Campbell Biology (11th Edition)

また、知識の伝授というよりも研究志向のスタイルで書かれたものとして、ライフがあります。

Life: The Science of Biology

学部学生にとって、英語の教科書は敷居が高いかもしれませんが、教科書の英語は平易ですし、邦訳の日本語が読みやすいとも限りませんので、やはり時間的に余裕のある学部学生の時期にどれか一冊に取り組むのがお勧めです。

 

大学の先生や高校生物の先生にお勧めなのが、細胞生物学の歴史を解説した

Discovering Cell Mechanisms: The Creation of Modern Cell Biology (Cambridge Studies in Philosophy and Biology)

 が詳しくて読み応えがあります。生物学を教える場合、知識の受け渡しに終始するとつまらないですが、科学者がどうやって真実を一つ一つ解きほぐしてきたのかというドラマを知ると、興味が湧きます。

ESSENTIAL BIOLOGY

生化学の教科書

物理化学の教科書は名著と呼ばれるものが多数あって、どの教科書で勉強するか迷うところです。生命系の学生には、興味あるトピックにずれが生じるため、生命系の学生を対象にした物理化学の教科書がよいように思われます。生物物理化学と生物物理は区別があまりないので、合わせて紹介します。

Biophysics: An Introduction

Christiaan Sybesma著Biophysics: An Introduction  1989/7/31

生命科学の理解および生命科学研究の測定手法で登場する物理的な事柄が簡潔にまとまっていて読み易い教科書。

Biological Physics

Philip Nelson著Biological Physics ~Energy, Information, Life~

数学を使って生物物理を理解したい学生のための本と前書きに書かれており、数式は遠慮せずに使われています。表紙が神経細胞の写真だけあって、神経細胞における興奮の伝達にも1章が割かれています(最終章 第12章Nerve Impulses)。第4章は拡散について。拡散は生物学においては中心的なトピックですが、教科書の中で拡散を詳説した物理化学の教科書はあまりないため、このような生命科学を志向した教科書の存在意義は大きいと思います。

はじめて出会う細胞の分子生物学