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『千と千尋の神隠し』が主人公が成長するアドベンチャー物語だという誤解を解く

 
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千と千尋の神隠し(せんとちひろのかみかくし)が誤解されているようなので、自分の解釈を書きたい。

千と千尋の神隠しのあらすじ

この映画を見たのがもう何年も前なのでうろ覚えだが、あらすじを簡単に言ってしまえば千尋(ちひろ)という名前の女の子が両親とともに田舎にやってきて、そこで意地悪魔法使いおばあちゃんに両親がブタに姿を変えられてしまい、ちひろはその魔法の国で千(せん)と呼ばれてこき使われながらも最終的には両親を助け出してもとの人間の姿に戻してもらって無事に、現実の世界に帰ることができたというストーリー。

千と千尋の神隠しの英語バージョン

英語の勉強にも興味あるので、英語バージョンも見てみた。「千と千尋の神隠し」を英語で見て、びっくりしたことが2つある。ひとつは、声優がみなセリフを棒読みしていたこと。アメリカといえば映画の国。俳優にしても声優にしても、どんなに無名な人でも演技が下手クソな人を見たことがない。日本と比べるとはるかにレベルが高いはずなのに、なぜかみんな棒読みでセリフをしゃべるのである。理由は簡単にわかる。そもそも原作の日本人の声優たちがみな素人くさくて棒読みだからだ。どうやら、原作に対するリスペクトからなのか、日本語の声をそっくり真似てしゃべっているというわけである。これにはいろいろな意味で驚いた。

もうひとつ驚いたことは、ラストシーンである。日本版では、ちひろと両親が3人仲良く並んで歩いて現実の世界に戻っていくのであるが、そこにはセリフもナレーションもなかった。ところが、アメリカ人は沈黙が耐えられないらしい。ここで、説明的なナレーションが入るのである。いわく、ちひろはアドベンチャーを経験して、強くたくましくなった、と。自分は強烈な違和感を覚えた。映画を見た人ならわかると思うが、千(せん)のときの表情と千尋(ちひろ)のときの表情は全然違う。ちひろに戻ったとたん、また、最初のときと同じ、たよりなさげな女の子に戻ったのである。

Spirited Away – Official Trailer

千と千尋の神隠しの考察

結局この映画のテーマは何だったのだろうか?偶然、不思議な世界に彷徨いこんで、再び現実の世界に帰っただけなのである。いうなれば、夜眠っている間に夢を見て、冒険する主人公になった気分でも、朝起きたら、いつもの自分に戻っているだけみたいなものである。別に夢の中で冒険した人が、強くたくましく成長することがないのと同じで、ちひろは決して強くたくましくなっていない。英語バージョンみたいなナレーションは、映画の本質を無視していて、とんでもないことをしてくれていると思う。世界中の人があれを見てよかったよかったというのなら、千と千尋の神隠しの世界観は全く理解されていないということだ。

結局、千と千尋の神隠しというお話は、千や千尋がメインの映画ではなかったのだ。一番描きたかったことは、この一見なんの変哲もない日常の世界の中のどこかに不思議な世界も同時に存在しているという、「世界観」だったのだと思う。千尋のアドベンチャーではないのである。

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