負の数同士の掛け算をすると、その積は正の数になるということは、中学校の数学で多分習ったんだと思いますが、その時に、どうしてマイナスxマイナスがプラスになるのかの説明をどんなふうにされたのか、もはや覚えていません。お金の貸し借りをプラスとマイナスにして、何かやっていたようなおぼろげな記憶がありますが、確かではありません。
どう考えると、納得できるのでしょうか?
自分の収入をプラス、支出をマイナスとして考えてみます。
1月にお給料を30万円もらったとすると、自分の資産=+300000円です。
そこから家賃を10万円はらったとすると、自分の資産=+300000+(-100000)=+200000
で手元には20万円残っていることになります。クレジットカード(つまり借金)による支払いで、食費や生活もろもろ25万円使ったとすれば、支出なのでマイナスですから、
自分の資産=+200000+(-250000)=-50000
となり、5万円の赤字の状態ということになります。この状態でさらに電気代5千円をクレジットカード払いで払ったとすると、自分の資産=-50000+(-5000)=-55000 になります。
負の数と負の数の足し算や、負の数と正の数の足し算に関しては、これで日常的な感覚と一致しているのがわかると思います。
さて問題はマイナスxマイナス=プラスになぜなるのかという点です。
いま自分が銀行に1万円持っているとしましょう。残高=+10000
です。アマゾンプライムに加入していて、毎月500円支出するとします。3か月後に残高が幾らになっているでしょうか?
残高= +10000 + (-500) x 3 = +10000 +(-1500) = +8500 となります。
支払金額(これはマイナス)x3か月後(これはプラス)=マイナス です。
ではここで、4か月前のことを考えてみます。時間の経過する方向をプラスとしているので、過去にさかのぼるということは、マイナスの符号をつけて考えることになります。話を簡単にするために、今は収入は考えず、支出もアマゾンプライムのサブスクリプションの毎月支払いだけしかないとします。すると、4か月前の自分の残高を計算すると、
残高= +10000 + (-500) x (-4) = +10000 + 2000 = +12000
となります。日常的な金銭の計算で考えれば、毎月500円の支出があるのだから、4か月前は今よりも2000円残高が大きかったはず、つまり、マイナスxマイナス=プラスでないといけないことが明らかでしょう。
実際には、このような具体例から符号が決まるわけではなくて、数学の「公理」を決めたときに、こういった具体例とうまい具合に辻褄があうので、その公理でいいよねということで受け入れられたのだと思います。そして、その公理から、負の数x負の数=正の数 という「定理」が導かれるわけです。公理はあくまで最初の前提となる約束事なので、別になんでもいいのでしょうが、その公理から意味のあることが導かれないのであれば、そんな議論をする意味がなくなってしまうので、公理を合理的に選ぶということが大事で、幾多もの数学者がいろいろ考えた末に今の数学の基礎の部分が確立しています。
実数(実数体)が満たす性質は17個の公理としてまとめられています。17個は、四則演算(10個)、順序(6個)、連続の公理(1個)の3つに大別されます。
実数Rの任意の元a, bに対して、和a+b、積abとよばれる実数が定義され、以下の10個の条件を満たす。
- 和の交換律 a+b=b+a
- 和の結合律 (a+b)+c=a+(b+c)
- 0の存在 Rの元0が存在して、いかなるRの元aにたいしても a+0=aを満たす。
- -aの存在 任意のRの元aに対して、Rの元である -aが存在し、a+(-a) = 0 を満たす。
- 積の交換律 ab = ba
- 積の結合律 (ab)c = a(bc)
- 分配律 a(b+c) = ab + ac
- 1の存在 Rの元1なるものが存在して、いかなるRの元aに対してもa1=aを満たす。
- 逆元の存在 0でないいかなるRの元aに対しても、a^-1が存在し aa^-1 = 1 となる
- 1≠0
また、a+(-b)のことを略してa-bと書きます。上記10個の条件を満たすような集合のことは「体(たい)」と呼ばれます。実数は体であるというわけです。
- 杉浦光夫『解析入門I』1980年 東京大学出版会 1~2ページ 第I章 実数と連続 §1 実数
このように公理を定めるとマイナスxマイナスがプラスというのは、定理 (-a)(-b)=abとなり、上に掲げた公理から証明できます。
- 杉浦光夫『解析入門I』1980年 東京大学出版会 2ページ 第I章 実数と連続 §1 実数 問1(viii) (-a)(-b)=ab
問1(viii)
$ (-a)(-b) $
$ =-(-a)b $ (なぜなら 問1(vii) $a(-b)=-(ab)$の結果より)
$ = ab $ (なぜなら 問1(iii) $-(-a)=a$の結果より)
問1(iii)
公理4 -aの存在 a+(-a) =0 より、aとして-aを考えると、
(-a)+(-(-a)=0
いっぽう、a+(-a)=0 の左辺は和の交換律(公理1)より (-a)+a=0 と書けるので
問1(ii) -aの一意性より、-(-a) = a である。
問1(ii)
-aの一意性の証明
a+(-a)=0 であるが、a+b=0 でもあったとしよう。
-a = (-a) + 0 (なぜなら 公理3 0の存在 より)
=(-a) + (a+b) (なぜなら いまの問題の仮定 a+b=0 より)
=((-a)+a)+b) (なぜなら公理2 和の可換律 より)
=(a+(-a))+b) (なぜなら公理1 和の交換律 より)
= (0 + b ) (なぜなら 公理3 0の存在 より)
=b (なぜなら 0+b = b+0 = b 和の交換律及び、0の存在 より)
よって、 bが存在したとしてもそれは、 b=-aそのものであることが示された。
問1(vii)
問1(vii) $a(-b)=-(ab)$)の証明
ab+(a(-b))
=a(b+(-b) )(なぜなら 公理7 分配律 より)
=a0 (なぜなら 公理3 0の存在 より)
=0a (なぜなら 公理5 積の交換律 より)
=0 (問1(iv) 0a=0 より)
よって 公理4 aに対する-aの存在(一意)より、
a(-b) = -(ab) である。
問1(iv)
0a=0 の証明
0a = (0+0)a (公理3 0の存在から、 0+0=0 であることより)
=0a + 0a (公理7 分配律 より)
すなわち、 0a + 0a = 0a であるが、 公理3 a+0=a および、0の一意性より、
0a = 0 である。
これで、(-a)(-b)=0が証明できました。
杉浦光夫『解析入門I』は、大学1年生のときに買って、ほとんど全く読んでいませんでした。最初の最初にマイナスxマイナス=プラスの説明があるとは、全然知りませんでした。積読歴うん十年にしてようやく、買った意味が見いだせました。