知能は遺伝するか?(IQなど知能は遺伝的な要因でどれくらい決まるのか?)

最近、「知能は遺伝する」といった表現をよく目にするようなってきました。

  1. 知性、能力、性格――「遺伝の影」から誰も逃れられないという事実【運は遺伝する 行動遺伝学が教える「成功法則」】  2023/11/07 NHK出版デジタルマガジン 「知能が遺伝するなんてありえない」という虚構
  2. 才能は生まれつきか、努力か――大谷翔平や藤井聡太のような卓越した能力や才能の源泉はどこにあるのか?『能力はどのように遺伝するのか 2023.08.06 講談社BOOK倶楽部
  3. 知能が遺伝するという事実に、私たちはどう向き合うべきか?2017年1月5日(木)山路達也 ニューズウィーク日本版<行動遺伝学の研究によって、「知能は遺伝することが明らかになってきました。そして、収入に与える遺伝の影響は、歳を取るほど大きくなる…。私たちはこのショッキングな事実とどうやって向き合うべきなのでしょうか?>

これは非常に誤解を招きやすい言い方だと思います。両親の知能が高ければ子供の知能も高くなるのか?両親が頭が良くなければ、子供も頭が良くならないのか?などという疑問が同時に湧いてくることでしょう。

知能の高さ(IQテストで測った値)は正規分布すると言われています。また、知能を決める遺伝子の数は少数ではなく、数百~数千であり、個々の遺伝子の寄与は非常に小さいと言われます。つまり、動物や植物の育種学の教科書に当たり前のこととして書かれていることですが、Quantitative Geneticsという学問分野の教科書を開くと、量的な形質を持つ集団(IQの平均が100の人間の集団)から好ましい形質(例えばIQ130)の2個体を選んで掛け合わせて、仮に子供が多数できたとすれば、子供の量的な形質は、親の値を平均として分布することになります。つまり、知能が高い両親の子供は、知能が高くなる可能性が高い(仮にたくさんの子どもをつくれば、その平均がIQ130となるような正規分布になる)というわけです。もちろん平均IQ130の分布でも両側にすそ野が広がっているので、たまたまIQが100を切る子供ができる可能性もあります。

遺伝子で知能がある程度決まるということは事実でも、バカの子はバカとは言えません。トンビが鷹を生むという言い方が日本にはありますが、「知能は遺伝する」ということと「トンビが鷹を生む」は矛盾しないのです。研究対象とした人間集団に関して、知能のバラツキは、遺伝的なバラツキである程度説明されることがわかったというのが、科学的な知見です。特定の一人の人間に関して、決定論的に、両親が馬鹿なら子供も馬鹿という結論は引き出せません。私の両親は二人ともバカなので自分も馬鹿ですとは結論できませんし、両親が二人そろって知能が高いので、自分も知能が高いともいえません。なぜなら、子供は両親の遺伝子のそれぞれ半分ずつをもらうので、知能に関する遺伝的な要素は異なっているからです。遺伝と知能に関して自分自身のことを知りたければ、自分のゲノムDNAを調べるしかありません。

知能は遺伝するか?言い換えると、IQなどで測定される知能は遺伝的な要因でどれくらい決まるのか?という問題は、倫理的に重大な要素を含んでいるため、そもそもこのような質問を発すること自体がタブー視されてきたこともあり、なんとも難しい問題です。親から子へ知能が遺伝するといえば、知能が遺伝子で決まるということはつまり、人種ごとに知能に差があるのね?という質問が次に飛んできます。ユダヤ人は頭がいいという言い方にはあまり反発がなくても、黒人は白人よりも頭が悪いのかと問いかけが変わったとたんに、それは優生思想や人種差別問題など様々な問題を生じさせることになります。

There’s a difference on the average between blacks and whites in IQ tests, I would say the difference is genetic. (James Watson)

DNA scientist James Watson has a remarkably long history of sexist, racist public comments Julia Belluz Jan 15, 2019 vox.com

  1. DNA Pioneer James Watson Loses Honorary Titles Over Racist Comments The renowned scientist has a long history of controversial commentary on not only race, but issues spanning gender, religion and sexuality. Meilan Solly January 15, 2019 smithsonianmag.com

行動遺伝学の研究者は、自分の研究成果を世間に向けて発信するときに、非常に注意深くならざるをえないのです。

知能がかなりの程度、遺伝的に決まると考える科学者と、環境要因のほうが大きいと考える科学者とがいて、それぞれが自説を世に広めるべく本を書いています。たまたまどちらか一冊だけを手にとって読むと、知能は遺伝するんだ、とか、知能は環境で決まるんだなどと一方的な結論を受け入れてしまう恐れがあります。両者を読み比べて、その妥当性は読者が自分で判断するしかありません。なにしろ科学者の間で意見が割れているわけですから。

フランシス・ゴルトン(Sir Francis Galton 1822-1911)

ゴルトンは優れた統計学者として名を残していますが、同時に、優生学という言葉を作った人であり、知能と遺伝に関する研究も後世に大きな影響を与えました。

1869『遺伝的天才 (Hereditary Genius)その法則およびその帰結』

4000人につき1人しか見られないような、優秀な人の415名ならびにその肉親977名を選び出して、その遺伝関係を調べた。知名人の子は普通一般の人の子に比して、優秀な者になり得た率が、約200倍も高く、また有名人の父が、また有名人である割合は、普通の場合に比して、120倍も高いことが分かった。人間の肉体、才能、性格を決めるのは、社会環境ではなく、遺伝形質であると主張

1874『英国の科学者たち:その性質と遺伝』 (English-men of Seience Nature and Nurture)

英国の科学者の関心が「生来のもの」なのか、それとも他人の励ましによるものなのかを発見しようと王立協会の190人のフェローにアンケート

1883『人間の才能とその発達の研究』

優生学という用語を作り出した

  1. フランシス・ゴルトン(ウィキペディア)
  2. Books and Pamphlets by Francis Galton

1909 Essays in Eugenics

Essays in Eugenics (Eugenics Education Society, London: 1909)

 

A・R・ジェンセン Arthur R. Jensen

IQの遺伝と教育 Genetics and Education 1972年

議論を巻き起こした論文を収めた本。非常に丁寧な説明。長い(84ページ!)序章では、カリフォルニア大学バークレー校の教授職を追われそうになった大変な騒動についても解説されています。

知能を決めるものは遺伝か環境か

ミルウォーキープロジェクト Milwaukee Project

  1. Miracle in Milwaukee: Raising the IQ Ellis B. Page Educational Researcher Vol. 1, No. 10 (Oct., 1972), pp. 8-10+15-16 (5 pages)
  2. REVIEW Raising IQ without Increasing g? A Review of The Milwaukee Project: Preventing Mental Retardation in Children at Risk ARTHUR R. JENSEN Thereafter, the E-C IQ difference rapidly decreased, reaching about 10 IQ points by 14 years of age. ‥ These results are most plausibly interpreted as a specific training effect of the intervention on the item content of the IQ tests without producing a corresponding change in g, the general intelligence factor common to all cognitive tests, that the IQ ordinarily reflects in the untreated population.
  3. Massive Intervention and Child Intelligence: The Milwaukee Project in Critical Perspective Ellis B. Page, Ed.D. and Gary M. Grandon, Ph.D.View all authors and affiliations Volume 15, Issue 2 https://doi.org/10.1177/00224669810150021 First published July 1981 An earlier (1972) writing by Page reached the conclusion that the project was characterized by biased selection of treatment groups, contamination of criterion tests, failure to specify the treatments, and inaccessibility of data to professional analysis.

How Our DNA Defines Us – Robert Plomin Fidias Podcast チャンネル登録者数 1.86万人(2:08:01 ネット上での対話)

  1. R Plomin, and I J Deary. Genetics and intelligence differences: five special findings. Mol Psychiatry. 2015 Feb; 20(1): 98–108. doi: 10.1038/mp.2014.105 Intelligence is one of the most heritable behavioural traits. ‥ These five findings arose primarily from twin studies. They are being confirmed by the first new quantitative genetic technique in a century—Genome-wide Complex Trait Analysis (GCTA)—which estimates genetic influence using genome-wide genotypes in large samples of unrelated individuals.
  2. DNA evidence for strong genetic stability and increasing heritability of intelligence from age 7 to 12. M Trzaskowski, J Yang, P M Visscher & R Plomin Molecular Psychiatry volume 19, pages380–384 (2014) Published: 29 January 2013

 

参考

  1. 第20回集団遺伝学講座 安田徳一{YASUDA,Norikazu} 7.6 量的形質のモデル:しきい値と切端選抜 https://www.primate.or.jp/old/PF/yasuda/20.html