わかりやすい熱力学の教科書と標準的な熱力学の教科書(大学レベル)

熱力学は理解しづらいというのが普通の理系大学生の悩みです。だからこそ、初心者でもわかりやすいという枕詞のついたおびただしい数の熱力学の教科書が出版されているのでしょう。図書館や大型書店の物理コーナーには熱力学の教科書が多数並んでいます。

初学者向けの本から、最履修に適した教科書まで、定評のある定番の教科書のまとめてみようと思います。まずは初心者向けのわかりやすさ重視の教科書から。

見える!使える!化学熱力学入門

由井宏治『見える!使える!化学熱力学入門』オーム社 平成25年(2013年)8月25日

この本を買って読んだのですが、非常にわかりやすいです。著者は東京理科大学の教授。理科大生相手の授業で使われた講義ノートが教科書になったものだそう。何を説明するかをまず説明してくれているので、迷子になりにくいところが良いです。学生が誤解しやすいポイントが、親切に示されているので、やりがちな誤解をしなくて済みます。学生に理解させたいという先生の熱意が感じられる本。

多くの教科書が、熱力学の体系を寸分の隙もなく構築するスタイルで書かれているのに対して、この教科書はとにかく、学生がポイントを掴んで、実際に熱力学を使って問題が解けるようになってほしいというスタンスで書かれているので、挫折しにくいと思います。理解を助けるための章末問題(難易度は低い)に対する解答も詳しくて、初学者に配慮されています。

難解な教科書に取り組んで挫折するくらいなら、こういうわかりやすさ重視の本で熱力学を勉強して、まずは熱力学に「慣れる」のが良いのではないでしょうか?世の中の大多数のフツーの頭の持ち主には、こちらの教科書がお勧めです。

熱力学は、高校の物理では内部エネルギーとか熱、仕事などを学んでいるわけですが、大学では、エントロピー、ギブズの自由エネルギー、ヘルムホルツの自由エネルギー、化学ポテンシャルなど次々と新しい概念が登場します。また偏微分がやたら登場します。なぜそのような変数を新たに導入するのか?がわからないと学習意欲が落ちるわけですが、この教科書は新しい概念の導入に際して実に丁寧な議論がなされています。こんなに親切な教科書を今までみたことがないです。一番近いと思ったのは、金谷 健一『これなら分かる応用数学教室』です。とにかく学生が躓く部分を丁寧に解きほぐして、重要なポイントをしつこく繰り返し学ばせていくスタイルです。学問体系の理論を緻密に構成する教科書にいきなり取り組んでも、入門すらしないうちに挫折するのがオチです。だったら、この教科書でとりあえず熱力学の世界に入門してしまってはいかがでしょうか?

 

ゼロからの熱力学と統計力学

和達 三樹, 十河 清, 出口 哲生 編『ゼロからの熱力学と統計力学 (ゼロからの大学物理 5) 』岩波書店2005/12/21

 

なるほど熱力学

村上 雅人『なるほど熱力学』2004/12/1 海鳴社

同著者の「なるほど」シリーズはどれも自分のツボにはまって好きです。わかりやすいし、わかりやすく説明しようという著者の熱意が感じられます。

 

分かりやすいと銘打った熱力学の教科書を終えた後で読むための教科書あるいは、本格的に学ぶ覚悟のある人にお勧めなのが以下の3冊。きっとこれらが理系の大学の自然科学の授業のための標準的な教科書なんだろうと思います。物理屋が書いた、将来物理屋になる学生のための教科書。もちろん他の分野に進む人にも役立つ。そんなレベルの教科書。

熱力学入門

佐々 真一 著 熱力学入門 (2000年 共立出版):初めて熱力学を学ぶ学生を対象にした教科書。微分形式にもとづく理論の展開はしないが、微分形式によるまとめについては簡単な説明がある。一般化した議論だと具体的な描像がもてなくなり理解が困難になるので、液体や気体を具体例にして熱力学を説明していく。(本書の内容より)

 

熱力学―現代的な視点から

田崎 晴明 著 熱力学―現代的な視点から (2000年 培風館):佐々真一『熱力学入門』と熱力学の捉え方など共通する部分も多いが、より一般的な記述で、論理的に緻密で幅広い題材をあつかっている(『熱力学入門』関連文献 より)(訂正等が掲載された本書の公式ウェブサイト

自分はこの教科書を買って読み始めたのですが、途中で挫折して、由井宏治『見える!使える!化学熱力学入門』を読んでいます。そのあとで、またこの本に戻ってきたい。

 

熱力学の基礎

清水 明 著 熱力学の基礎  :公理的に熱力学の体系を組み立てた教科書。著者のウェブサイトにこの本に関する詳細な情報があるので紹介します。

  • 熱力学を再構成し て、簡潔で美しく普遍的な理論として、初学者にもわかるように提示
  • 歴史的な発展を追って理論を組み立てていく類書と異なり、美しく再構成した理論を提示
  • 相加変数を基本的な変数にとることにより、温度を基本的な 変数にして議論をする類書とは異なり、相転移があっても破綻しない堅固な論理構成
  • 単純系だけでなく複合系にも適用できる一般的な原理を提示
  • 筆者の知る限り、あらゆる既存の教科書の中で、もっとも広い適用範囲と正確さを併せ持っている本
  • 複合系であっても成り立ち、どんな相転移があっても成り立つような、正確で一般的な 熱力学を、1年生にも判るように書く、 ということを目標にしている本
  • 東京大学教養学部の理科I類1年生向けの講義ノートをもとにしています

(出典:http://as2.c.u-tokyo.ac.jp/lecture_note/TDbook.html

 

熱の理論

太田 浩一『熱の理論―お熱いのはお好き― 』

出版社の書籍紹介から一部を抜粋して紹介します。

  • 熱力学の基礎から宇宙への応用までを丁寧に解説した教科書・参考書
  • 熱力学第1法則では,従来の2種類の熱容量に加えて,2種類の等温潜熱を合わせて4種類をパラメタとして,第1法則から得られる全てを定式化
  • 熱力学にとってもっとも適切な微分形式を並行して使っている
  • エントロピーの導入は,カルノーサイクルではなく,カラテオドリの定理によっている
  • 相対論的熱力学を取り上げた
  • 相対論的熱力学を宇宙背景輻射とブラックホールに適用

(出典:共立出版

 

化学熱力学

イリヤ・プリゴジン、レイモンド・デフェイ『化学熱力学〈1〉』1966年 みすず書房

出版社の書籍紹介文の一部を紹介。

  • 古い熱力学が現実には起こらない可逆変化に対してのみ定量的な理論を展開しえたのに対して、本書は、現実の不可逆変化そのものを対象に

目次:1 熱力学的変数 2 エネルギー保存の原理 3 エントロピー生成の原理 4 親和力 5 平均親和力 6 化学ポテンシャル 7 理想系と規準系 8 標準親和力 9 Nernstの熱定理 10 完全気体 11 実在気体 12 凝縮相 13 Gibbsの相律とDuhemの定理 14 相変化 15 熱力学的安定性 16 安定性と臨界現象 17 緩和の理論 (参考:みすず書房

イリヤ・プリゴジン、レイモンド・デフェイ『化学熱力学 2』1966年 みすず書房

目次 18 平衡線上の変位 19 平衡過程、緩和現象、二次転移 20 溶液 21 溶液‐蒸気平衡 22 溶液‐固体平衡:共融混合物 23 溶液‐固体平衡:混晶と付加化合物 24 熱力学剰余関数 25 正則溶液と無熱溶液 26 会合溶液 27 電解質溶液 28 共沸状態 29 無関係状態(参考:みすず書房

 

読み物、副読本として楽しめそうな本も紹介。

エントロピーと秩序 熱力学第二法則への招待

エントロピーと秩序 熱力学第二法則への招待 ピーター・W・アトキンス著:数式を使わずに一般読者向けに熱力学を説明。もちろん理系の学生がまず熱力学の概念を掴むのにも最適。

The 2nd Law: Energy, Chaos, and Form (Scientific American Library Paperback) P. W. Atkins:エントロピーと秩序 熱力学第二法則への招待 ピーター・W・アトキンス著の原書

 

Thermodynamics

Thermodynamics(Enrico Fermi著) フェルミがコロンビア大学で1936年の夏に行った講義を元にに書かれた熱力学の教科書。【キーワード】熱力学の第一法則、熱力学の第二法則、熱力学の第三法則、温度、エネルギー、エントロピー、熱力学的ポテンシャル、相平衡、気体、希薄溶 液、化学平衡、ヘルムホルツの自由エネルギー,Clapeyron equation, Van der Waals equation チャプタータイトル:1) Thermodynamic Systems 2) The First Law of Thermodynamics 3) The Second Law of Thermodynamics 4) The Entropy 5) Thermodynamic Potentials 6) Gaseous Reactions 7) Thermodynamics of Dilute Solutions 8) The Entropy Constant 論理的な飛躍がなく筋道が通っていて分かりやすい。厳密さを保ちつつ本質を平易かつ明快に解説。初心者にも既修者にも勧められる名著(アマゾンレビューのまとめ)。 典型的な入門書とされているが高度な補間が要求されるヶ所が随所にあるので薄いから理解しやすいというわけではない(佐々真一 熱力学入門 関連文献 より)