数学30講シリーズの刊行の言葉によれば、”一つ一つの事柄は、明快に述べられていながら、しかも柔らかいスタイルで表されているような数学書”。自分が典型的な数学の教科書として抱いているイメージは、例えば、杉浦 光夫 著 解析入門 Iのような緻密に無駄なく積み上げられていくスタイルで、数学者になる人でもない限りこんな教科書を読んでも苦しいだけなのではないかと思っていました。
数学30講シリーズ7 ベクトル解析30講を開いてみてびっくりしたことに、なんとも懇切丁寧に読者に語りかけてくれるスタイルなのです。しかも「第1講ベクトルとは」の導入部では、風速を例に持ち出して中学生でも高校生でも違和感なく聞けるような話から入っていきます。第2講でベクトルが定義され徐々に山登りが始まる印象ですが、例えば添え字が右上に表記されることも注意を促したりするなど、読者の「感情」に配慮したまさに柔らかい語り口で講義が進みます。一冊の本の内容が思い切って30個に分けられているのも、途中で挫折せずに読み進むための仕掛けとなっているのかもしれません。「今日はとりあえず、ここまで読んだ。よし、今度、次も読んでみよう。」みたいに気持ちにメリハリがつきます。
工学者が数学をわかりやすく説明するスタイルの本なら、例えば、金谷 健一著 「これなら分かる応用数学教室―最小二乗法からウェーブレットまで」 (共立出版 2003年)が思い浮かびますが、数学者がこれほど初学者の気持ちに寄り添って語りかけてくれる数学の教科書があったとはと感動してしまいました。この本は初版第1刷が1989年5月25日と意外と昔なのも驚きです。既に27年も前の本ということになるのですが、読み継がれる名著なのだと思います。優しい数学の先生に個人授業をしてもらっているような、あるいはお気に入りのエッセイストのエッセイを読んでいるかのような、なんともいえない心地よい読書が楽しめます。