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マーティン・ファクラー著 「本当のこと」を伝えない日本の新聞 第2章 情報寡占組織・記者クラブ

ニューヨーク・タイムズ紙の記者マーティン・ファクラー氏による『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』の第2章を読んでいます。第2章では、日本独特の制度、「記者クラブ」にフォーカスしています。記者クラブは、加盟社以外は原則的に入れないんだそうです。プレスリリースはたいてい記者クラブに送られるため、所属していないフリーランスの記者や外国の記者は情報の蚊帳の外に置かれるということになるんだそうです。記者クラブという形態があまりにも奇異で、外国には存在しないため、記者クラブを表す英単語はなく、kisha clubまたはkisha kurabuと記されるそう。

日本は伝統的に、政府が発する情報を記者が国民に噛み砕いて説明するという役割を担ってきたのに対して、アメリカの場合は、政府が悪いことをしないかどうか監視する、チェック機能を担うのがジャーナリズムであるという考え方が一般的だそうです。

Last Defense at Troubled Reactors: 50 Japanese Workers
By KEITH BRADSHER and HIROKO TABUCHI MARCH 15, 2011
A small crew of technicians, braving radiation and fire, became the only people remaining at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Station on Tuesday — and perhaps Japan’s last chance of preventing a broader nuclear catastrophe.

 

メルトダウンをめぐる報道

原発事故における国民の最大の関心事はメルトダウン(炉心溶融)が起きるのかどうか、起きたのかどうかということでした。しかし東京電力や政府は、この最悪のシナリオが生じていた事実を隠し続けるというとんでもない隠蔽行為を行ったわけです。マスコミは政府の主張を批判的に分析することなく、政府がこういうのでそう、みたいなしょぼい報道に終始しました。メルトダウンという言葉を使うことがタブーであるかのような空気が当時の日本を覆っていたと思います。メルトダウンについて躊躇なく議論する海外メディアとはまったく対照的でした。真実を追究しようとせずに当局のいいなりになる日本のマスコミの姿勢が、露骨に表れた出来事だったと思います。ニューヨークタイムズは、日本政府の対応を辛辣に批判する論調の記事を出しています。

Japanese Officials Ignored or Concealed Dangers
By NORIMITSU ONISHI and MARTIN FACKLERMAY 16, 2011
OMAEZAKI, Japan — The nuclear power plant, lawyers argued, could not withstand the kind of major earthquake that new seismic research now suggested was likely. http://www.nytimes.com/2011/05/17/world/asia/17japan.html

ニューヨークタイムズの記事をウェブで読むのは、一ヶ月15記事以上読もうとすると有料、購読しなさいみたいなことになるようです。本書で紹介されているファクラーさんの記事を紹介したかったのですが、これ以上は諦めることにします。

日本のメディアの報道は実に不思議だ。(中略)自らが疑問を抱き、問題を掘り起こすことはなく、何かしらの「お墨付き」が出たところで報じる。(62ページ)

うーん、あっさりと、ぶった切ってますね。日本では、大手新聞社、テレビ局に勤めていては、真のジャーナリストにはなることができないのでしょうか。単に能力がないのか、それともジャーナリズム魂がないのか、あるいは当局に忖度しているのか、なんなのでしょう。

SPEEDIについて

日本には1980年代から100億円以上もかけて開発されてきたSPEEDIなるシステムがあったそうで、放射性物質が大気中でどう拡散するかの予測をしていたそうです。SPEEDIで計算された試算結果のデータはなぜか米軍には外務省を通じて提供されたのですが、肝心の日本国民には知らされなかったそうです。本来であれば、このようなときに福島県の住民退避計画に役立てられるはずだったのですが、原子力安全技術センターがSPEEDIの計算結果を福島県にメールしていたのに(3月12日~16日のあいだに86通のメール)、福島県側はそれを活かさなかったようです。また、内閣府の原子力安全委員会がSPEEDIについて発表したのは2011年3月23日で、遅きに失しました。放射性物質が拡散したあとで、拡散予測を発表することは無意味だと、本書では厳しく批判しています。

SPEEDIでは何が予測できていたのか?その予測結果に基づいたよりよい退避計画はどんなものだったのか?放射能汚染がどのように拡大するかを予測するデータをもっていたのに、なぜ発表しなかったのか?このなぜ?に答えるのがジャーナリズムなわけですが、それをしなかった日本の新聞記者たちの態度には、ファクラーさんは疑問を投げかけています。

SPEEDIの存在を認識していながら報道を差し控えたのなら、記者たちの感覚を疑わざるをえない。「憶測で記事は書けない。」と言うならば、周辺取材を重ね、記者の感じた疑問や疑念を紙面で提示すればいい。あるいは、現場の記者から上がってきた文部科学省の対応への批判の声をデスクたちが何らかの理由で無視したのだろうか。(71~72ページ)

なかなか辛辣な批判ですね。日本の新聞の記事では、事実(=政府発表の内容)を淡々と伝えるだけのものが多くて、記者の疑念が表現されたものは社説以外ではほとんどみかけないような気がします。ファクラーさんは、躊躇無くSPEEDIのデータが隠されたことを批判する記事を発信しています。

Japan Held Nuclear Data, Leaving Evacuees in Peril
August 09, 2011
FUKUSHIMA, Japan — The day after a giant tsunami set off the continuing disaster at the Fukushima Daiichi nuclear plant, thousands of residents at the nearby town of Namie gathered to evacuate. Given no guidance from Tokyo, town officials led the residents north, believing that winter winds would be blowing south and carrying away any radioactive emissions. For three nights, while hydrogen explosions at four of the reactors spewed radiation into the air, they stayed in a district called Tsushima where the children played outside and some parents used water from a mountain stream to prepare rice. http://www.nytimes.com/2011/08/09/world/asia/09japan.html

本書によれば、政府はSPEEDIの予測結果を5月2日に認めました。

5月2日には細野豪志首相補佐官が試算結果の未公表について、「国民がパニックになることを懸念した」と”政府の本音”を口にするにいたった。(72ページ)

隠し事がばれたあと、かならずこういう国民をなめた発言が政府から出ますね。日本の報道機関が政府に普段から迎合するのは、政府が言論統制を強いているからでしょう。2011年11月12日に細野豪志原発担当大臣が福島第一原発の現地視察をするにあたり、取材で同行を認められたのは内閣記者会(永田クラブ)加盟19社および福島牽制記者クラブ加盟7社からの合計32人、海外の報道陣は4人(テレビ2人、カメラマン1人、新聞記者1人)だけで、フリーランスの記者やネットメディア系の記者は完全に締め出しを食らったそうです。新聞記者1人の枠にニューヨークタイムズがくじびきであたりファクラーさんが取材ができたということだそう。おそろしく排他的ですが、こういう締め付けを普段からやって、報道記者を従属させようという魂胆なのでしょう。国民がもっと怒るべきところなんですがね、これ。

2009年8月30日に、衆議院総選挙で民主党が勝ち、政権が自民党から移りました。それに先立つ2009年3月3日に民主党代表の小沢一郎氏の公設秘書が政治資金規制法違反で逮捕されていますが、政権交代が起こりそうな状況で東京地検特捜部が指し示した方向にメディアが追従して小沢一郎氏のバッシングに明け暮れたのは、異様な光景だったとファクラー氏は指摘しています。違法な献金をおこなった西松建設社長も逮捕されていますが、ことのきに疑義を呈されたのは小沢陣営だけではなくて、自民党の森喜朗元総理大臣や二階俊博氏らも取りざたされていたんだそうです。にも拘らず小沢一郎氏だけが狙い打ちされたことに関して、ファクラー氏は、

何か大きな力がウラで動いているとしか思えないほど不自然な報道だった。(77ページ)

と述べています。日本のマスメディアが自民党政権の手先になっているみたいですね。同時にホリエモンこと堀江貴文氏の逮捕についても言及して、あのバッシングも以上だったとしています。本書はさらにオリンパスのウッドフォード社長電撃解任劇に関する日本の報道のおかしさについても指摘しています。

本書を読み始めると、日本のマスメディアが政府によって制御されているのかと思いきや、むしろ、記者たちもそのような関係を維持しようとしているみたいです。ファクラー氏はこの悪の元凶である記者クラブを断罪しています。民主党が政権をとって金融庁の大臣に就任した亀井静香氏は、記者会見を記者クラブに限定せずにフリーランスの記者や外国人記者も交えてオープンな形で行おうとしたとおろ、記者クラブが猛烈に反対したため、こっけいなことに、2パターンの記者会見をやることになったんだそうです。

これは私主催ですから、私も時間が限られるから、財研の記者クラブに一緒にやってくれと言ったのだけれども、彼らは頭が古いですね。大丈夫かな。どうしてもだめだというのです。それなら記者会見が終わった後、ここで、ご希望の皆さん方と会見をしましょうと。 (亀井内閣府特命担当大臣閣議後記者会見の概要(雑誌・フリー等の記者) http://www.fsa.go.jp/common/conference/minister/2009b/20091006-2.html 金融庁 記者会見 平成21年7月~12月

 

語句

SPEEDI (System for Prediction of Environmental Emergency Dose Information 緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム) http://www.nsr.go.jp/activity/monitoring/monitoring6-4.html